2019年05月03日

縦棒の令は漢隷の遺風【追加あり】

沈府君  令.JPG張遷 令.JPG

  他のサイトでも解説がありますが、最終画が縦棒の「令」は漢時代の隷書の遺風のようですね。
  禮器 西嶽崋山廟碑も史シンも、皆縦棒です。それどころか、かなり異風の四川省の沈府君神道ケツ(左イメージ)も、かなり崩れた字で異体字が多いとされる張遷碑陰(右イメージ)もやはり縦棒です。
  この点では、怖ろしく画一的なようですね。
じゃあ、なんで活字体明朝体で縦棒にしたのか?というと、版木を彫りやすいということが第一だったんでしょう。その上、顔真卿の「令」は縦棒/または欧陽詢風のようですから、顔真卿以後に字形を人工的に復古させたということが関係しているかもしれませんね。

【追加】どうも唐末の開成石経の「令」が皆縦棒のようです。ここから来てるのかもしれませんね。 こういう石経は、文字 字形の標準化も意図してます。またこの石経は破壊されずに、その後も影響力がありました。書道の方面では字に魅力がないので無視されてますが、そういう意味での影響力はあったのかもしれません。 池大雅が苦心してこの開成石経の拓本を買おうとした逸話は有名ですね。





  
タグ:年号 令和
posted by 山科玲児 at 09:31| Comment(0) | 日記
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