2019年05月04日

バッハ クラーヴィア曲の編曲


 有線放送で、2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1062を聴いたとき、
  2つのヴァイオリンと弦楽と通奏低音のための協奏曲 ニ短調 BWV1043
  と同じだな。と思ったものだが、やはりバッハ自身による編曲である。
 コープマンの演奏だったが、やはりちょっとチェンバロでは、あわないかな?と思ったものだ。
  現代とは違うから、人員やパトロンの需要があって、それにあわせて曲を作るのが普通の時代だから、それはしょうがないのかもしれない。

 同様に、オルガン1台でトリオ・ソナタをやるという6曲があるが、これは息子フリーデマンの教育のためにつくられたというが、これもまた原曲がありそうだ。
 BWV527の第一楽章をトリオ・ソナタでやった演奏を聴くと、オルガンで聴くよりずっと良い曲のように感じる。

  Bach - Andante BWV 527 by Nevermind
  https://www.youtube.com/watch?v=h72SGh3KAhY

 こういうのを聴くと、バッハのオルガン曲、チェンバロ曲のなかに、多量の室内楽曲・声楽曲が埋もれているようだ、という年来の推測は、ますます確信に変わる。

 この件は、何年も前から、感じていたものである。
  2017年01月21日
  ゴールドベルク変奏曲の原形
  http://reijiyamashina.sblo.jp/article/178497865.html
   2012年05月14日
  バッハは自作をどれだけ編曲したのだろう?
  http://reijiyamashina.sblo.jp/article/55832070.html

 そして、W.A. モーツアルトが、バッハの平均律などのクラーヴィア曲を弦楽四重奏などの室内楽曲に編曲していたのは、単なる勉強とか習作とかいうものではなかったのだと、ようやく合点がいった。モーツアルトには楽譜の背後に別の編成がみえていたのだろう、少なくともそう思ったから編曲したのだ。

ゴールトベルク変奏曲の弦楽トリオへの編曲が大成功したのを機会に、このような運動が盛んになることを期待したい。

バッハの曲が編曲してかえってよくなるような気がするのは、なぜだろうか?あるいは、現在残っている楽譜が、既にかなりの意に沿わない編曲を経ていて、実力の8割ぐらいしかだしていないのかもしれない。。とか妄想したくなる。

その一方、クープランなんかは、全く逆のように感じる。編曲するとダメになるのだ。

posted by 山科玲児 at 19:50| Comment(0) | 日記
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