2019年05月22日

蘭奢待


蘭奢待vol3Ed1.JPG
 秋の東京国立博物館の、御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」展
・会場:東京国立博物館 平成館
・会期:2019年10月14日(月)〜11月24日(日)
    (前期)10月14日(月)〜11月4日(日)
    (後期)11月6日(火)〜11月24日(日)
   https://artexhibition.jp/shosoin-tokyo2019/

には、蘭奢待 が展示されるようです。香木といっても、なんか単なる大きな材木なんで、観て美しいというものではない。 はじめて、この香木を観た人は、まず、1、5メートル強という大きさが印象つけられるでしょう。11.6kgあります。小柄の人間ぐらいの大きさがあります。さらに真ん中をくり貫いた怪しい形、ところどころにある切り取ったあとにラベルがついている。しかし、切り取りは全体の形をこわすほどではなく、小部分にとどまっているようにみえますねえ。
  この真ん中をくり貫くというのは、香成分が周辺のほうに多く、真ん中部分は香成分が少ないので、ラオスの現地出荷時点で除いてしまうというのが、現在まで続く割と後の時代のやり方なんだそうです。なんか札が貼り付けてあるのは、左端が明治10年と12年に切ったところ、ここは10年に切ったところを重ねて深く切っただけなので、1箇所になってます。真ん中は織田信長が切ったところ、右は足利義政が切ったところ、というラベルになってますが、このラベルは明治期のものという説があり、信用できるのかな??と思います。

黄熟香の科学調査 - 正倉院 - 宮内庁
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Bulletin/Pdf?bno=0000000085

によれば、現在でも香木として十分に通用する状態のようです。実見したとき、香木としてはあまり黒くないので、大丈夫なのかな?と思ったが、上記科学調査によれば、普通のいわゆる沈香とは違った香成分が多いんだそうで、みかけで判断すると全く間違ってしまうそうです。名香の伝説を疑うことなかれ!かな。。ラオス中部の香木と推定されている。
  ひょっとして17世紀ごろから無闇に名声が高くなったのは、正倉院など奈良の古寺にあった香木でちゃんと使える大きな香木、香りの高い最上質な香木がこれだけだったからかもしれない。というのも同様に正倉院にある全セン香という大きな香木は、明治期では、もはや香らなかったそうです(下記でも引用した稲生眞履翁の談話)。科学調査では、香成分は残ってはいるそうですが。。また、香木はアロマテラピー、あるいは薬剤としても珍重されただろうから、そういう意味で卓越した効能があったのかもしれない。なんか成分も普通の沈香とは違うようだしね。

 法隆寺献納宝物にも香木はあるが、香成分の調査がされていたかどうかわかりません。


正倉院にあることから奈良時代から伝わった香木とかんちがいしているむきもあるようだが、色々な証拠から10世紀以降平安時代以降の香木のようです。由水氏(「正倉院の謎」)は、頼朝が大仏殿を再興したとき奉献された多くの宝物のひとつではなかったか?と推定していました。

しかし、検索すると蘭奢待 という名前の店や商品、焼き鳥屋から日本酒、墨とか、、意外に多いんだね。直接関係がなさそうなものもあります。

これについては、11年ほど前に一度書きましたが、
蘭奢待
https://plaza.rakuten.co.jp/yamashinareiji/diary/200808210001/


18年ほど前にも書いた文章が割と詳しかったんですが、サイトが消滅していたので、下記に再録します。



イメージは 東瀛珠光 第3集, 再版, 審美書院, 東京, 昭和2年2月15日 (著作権消滅済み)。

     ***** 記 ******

2001年11月24日

蘭奢待

正倉院に1.5m以上の大きな枯れ木のような香木があって、「蘭奢待」という名がついています。この名前は各字に東大寺の文字が隠されたパズルのようなもので、東大寺の香木という程度の意味だったのでしょう。五百年程前から有名なものとなっています。足利義政が大きく切り、その後、織田信長、明治天皇も二度切りました。日本の支配権を握ったものが、象徴的な儀式として、この香木を切るようになったようにも思います。イメージで白い短冊がついてるとこが、切ったところです。右の大きく切ったところが足利、真ん中が織田、左が明治天皇です。「蘭奢待」は芝居にも大げさに神秘的な名香として取り上げられ、最近では、ミステリーや伝奇的な妖怪もののマンガにも「蘭奢待をもて」などというセリフがでてきたようです。
明治天皇の命令によって、明治12年に蘭奢待を切ったことのある稲生眞履翁の談話(明治34年)によると、普通の沈香で、香りがまだよく残っているものだそうです。最近、クロマトグラフで分析した結果も沈香と同じだということでした。沈香というのは、ベトナム・ラオスなどの地域のある種の樹の中に樹脂が蓄積したもので、倒木になっても樹脂の蓄積した部分は腐敗せず、重くて、水にも沈むのでそういう名がついているようです。
こういう香を焚くには、埋めた炭火の上に雲母片を置き、その上に香木の小さな破片を置いて熱して香を発散させます。

このベトナム・ラオスの香木の産地を舞台にして、小説家の小栗虫太郎が「伽羅絶境」という興味深い短編小説を書いています。これは「人外魔境」という単行本に収録されています。
「蘭奢待」自体、天平時代の目録にのっていないもので、13世紀ぐらいの大仏再建の法会のころに正倉院へ入庫したものか?と由水常雄「正倉院の謎」(中公文庫)は推定しています。正倉院や法隆寺伝来の香木にはもっと古いものもあるのですが、香気がなくなってしまっているものが多いそうです。それに対して蘭奢待は少なくとも800年以上後の現在も良い香りをもっているのですから、優秀な香木だといえるでしょう。
切られた蘭奢待の破片で、香として使用されたものの余りは、人から人へ伝えられたようです。神社に奉納されたり、細かく分けられたこともあったようです。明治天皇が切ったときは切った人は鋸クズをもらったようですし、当然、家宝として伝わったでしょう。蘭奢待の香を知っている人は意外にいるのかもしれません。
寧楽第十二号(昭和4年)には「埋奢発光」(赤堀又次郎)という古老の古美術商のメモのようなものが掲載されています。蘭奢待を「鼻に聞き知るは少ない」という文章があります。とすると、蘭奢待と称する香が民間に少しは伝わっていることは確かそうです。それが本当に正倉院の香木から切ったものなかは不明ですが。
沈香を少し香らせながら、書いてみました。


posted by 山科玲児 at 10:22| Comment(0) | 日記
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