2019年06月05日

西洋美術の歴史

西洋美術の歴史4 ルネサンスT 百花繚乱のイタリア、新たな精神と新たな表現
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2016/10/403594.html

の序章 アルプス以北の美術との交流


西洋美術の歴史−ルネサンスU−北方の覚醒、自意識と自然表現』(中央公論新社)
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2017/04/403595.html

の第5章 南北交流

で、フランドル・初期ネーデルランド絵画のイタリア絵画への影響が、少なからず書かれるようになったのは、大きな進歩だろう。
 昔は、ローマ賞にみるように、フランスやオランダ、英国の芸術家はイタリアに行って芸術を学ぶのが当たり前、イタリア旅行が必須という時代があったものである。 イタリアの巨匠がフランドル絵画を模写するなんて、あるはずがない、もってのほか、という空気があった。それどころか、ファンアイクもヒエロニムス・ボスも、とにかくアルプス以北の優れた画家は、イタリアに旅行したに違いない。先進国イタリアの影響をうけたに違いない、イタリアに触れなければ優れた絵画などできたはずはない、という信仰・思い込みがあった。しかし、時代はかなり変わったと感じる。


2014年12月17日 ヴィクトリア=アルバート美術館の研究員の女性Paula Nuttallによる
ローマでのハンス=メムリンク展の際の講演
     https://www.youtube.com/watch?v=opyc-y7ytMc
では、イタリアの画家が、いかにメムリンクの絵をパクったかということが縷々と解説され、ローマの聴衆の自尊心を傷つけていたようである。

 ただ、これが暴走して逆にイタリアの発明・創意を否定するようになっては、それこそ本末転倒だろう。真理は中間にありそうだ、


posted by 山科玲児 at 09:09| Comment(0) | 日記
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