ローマの大統領官邸 Palacio del Quirinal では、ときどき美術展(企画展)が行われているようである。もともとここは、イタリア国王王宮だったところだから。日本でいうと皇居に三の丸尚蔵館という展示施設があるようなものだと思う。イタリアの大統領権限はドイツ大統領ほど形式的なものではないが、やはり首相のほうが強いから立憲君主制でいう国王(任期のある国王)のような立場であろう。ここで、美術遺産保護に特化した特殊警察司令部の創立50周年を記念した”L'arte di salvare l'arte(芸術保護のための技術)”という展覧会が開催されているそうだ。(7月14日まで)。
これについては、イタリアの泉 サイトでご紹介いただいた。
https://blog.goo.ne.jp/fontana24/e/a09481bb2cb745fcd446d1bd27c5437e
イタリアから盗まれたあと回収された美術品や天災で壊れて修理した美術品などの展覧である。最近:分厚い研究書「ピエロ・デッラ・フランチェスカ《キリストの鞭打ち》の謎を解く:最後のビザンティン人と近代の始まり」がでたピエロ・デッラ・フランチェスカの作品が回収された経緯もわかった。
こういう「盗まれた絵画」には、未だに行方不明なものが少なくないが、イタリアで特に有名な行方不明物件には、1969年にパレルモの聖ロレンツォ教会から盗まれたカラヴァッジオの「聖ロレンツォとアッシジの聖フランシスコのいる聖誕」(イメージ)がある。これは、カラー写真も残っていたようだ。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Caravaggio-Nativity(1600).jpg
この写真を拡大して観ても、画面のど真ん中::聖母と幼児キリストの間の黒い布がオリジナルなのか欠損の修理なのかは、よくわからない。
これは、已に50年間行方不明である。
これについて、芸術新潮の1973年11月号掲載の、故:若桑みどり氏「カラヴァッジョを追って」に見事な散文があったので、引用したい。漢字句読点も含めて忠実にタイプしたつもりだ。
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パレルモの聖ロレンツォ教会はスラム街にあった。なすこともない若者たちが声をかけたり道をふさいだりする。扉は閉まっていて、続き棟のくぐり戸を開くと肥った老婆がこちらをうかがっている。「入ってもいいですか。」「どうぞ、どうぞ。」と彼女は鍵束を持ち出して来た。鍵をゆっくりまわすと、彼女はいった。
「絵はないよ。」
「おととし、あの窓から泥棒が入ってね。切っていってしまった。今頃はアメリカだよ、きっと!」
祭壇画のあとの汚れた灰色の壁はひどく広く見える。これは、少なくとも、今我々に解っている、カラヴァッジョの生涯の最後の絵だったのだ。この痛ましい損失を誰に向かって怒ったらよいのか?「シニョリーナ、もうお帰りかい。」と若者達がはやした。「カラヴァッジョを見に来たんだから、もうここに用はない。」と私はそれがまるで彼らのせいででもあるかのように激しくいった。若者達は黙ってしまった。
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もともと、かなり危なそうな教会にあった絵のようではあるが、オリジナルなところから動かすのもどうだか、、盗難にあったので、最近はレプリカを飾る例が多くなったのだろうか。日本の寺院でも本物は博物館に寄託してレプリカを寺においている場合が少なくないが、そういう傾向は良いのか悪いのか。。
おっしゃる通りです。だから大統領官邸は市民に開けているんですね。
若桑氏の散文、非常に共感できました。今は当時よりは治安が良くなったとはいえ…
また、展覧会のタイトルの日本語訳。私にはピンと来なかったので、こう訳せば良かったんだと、と改めて勉強になりました。
>fontanaさん
>また、展覧会のタイトルの日本語訳。私にはピンと来なかったので、こう訳せば良かったんだと、と改めて勉強になりました
Art Arsという単語を 藝術のほうに強く寄せて排他的に使うのは、ひょっとしたら英語米語、そしてアートとか言ってる日本語だけかもしれません。。ARS MAGNAは錬金術や数術数学でしたし、Petit Robertをひいたら軍事技術ART MILITAIREという用例もあるようです。またドイツ語圏のKUNSTは技術・藝術両方に使うようですね。ウイーンのKunsthistoricheはShone-Kunsthistoricheという名前じゃないようですしね。
確かにイタリア語でも、日本の武術のことをarti marzialiと言いますね。