2019年08月14日

フーベルト・ファン・エイク の肖像

Ghent_Altarpiece_E_-_Just_Judges_by_Vanderveken.jpg


 フーベルトファンエイク については、そういう画家は存在しなかった、ゲント市の称揚のために銘文をでっちあげたんだ、という意見さえあったのだが、現代では、一応、存在しておりゲント祭壇画は兄弟の合作であるということが共通認識であろうと、思う。
 当方が書いたゲント祭壇画のまとめ::
ゲントの祭壇画の盗難とその模写 、及び2、3の問題
http://reijiyamashina.sakura.ne.jp/gentalte.htm

 21世紀のこの時代に、カレル・ファン・マンデルの「絵画の書」(1604)のファンアイクの項目を読み直してみる。幸、短期間であるがこの本(REF)を借りてきて閲覧しているので、この件を出してみたい。ファンマンデルは、ゲント祭壇画の内側左下の「正しい裁判官たち」の中で,

「ヒューベルトは年長者ゆえに弟の右に位置している。彼は弟に比べてかなり年上のようにみえる。彼の頭には。高価な毛皮の先端に反り返った縁のある不思議な帽子が載っている。ヤンはとても巧妙にできたターバンのような帽子を被っていて、それは後ろにたれ下がっている。そして。黒い外衣の上にメダルの付いた赤いロザリオを着けている。」

と記述している。これが仮に正しいとしたら、上のイメージの左がヤン、右で横顔をみせたのがヒューベルトであることが明白になる。この絵は、残念ながら盗難にあい模写しか残っていないが、まあ、これだろう。

 ただ、ファン・マンデルのこの記録は、たぶん師匠のルカス・デ・ヘーレからの口伝かもしれないが、ヤンの逝去(1441年7月)から150年以上後の記録だし、ファン・マンデルの初期ネーデルランド絵画の記録にはおかしなところが数々あるので、それほどは信用されてはいないのだろう。

 REF カーレル・ファン・マンデル、「北方画家列伝」注解,中央公論美術出版  2014

 


posted by 山科玲児 at 16:20| Comment(0) | 日記
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