2019年11月23日

五馬図巻について

五馬図巻 t (1).jpg



芸術新潮の2019年8月号(REF)に橋本麻里さんが板倉さんへのインタビューの形で書いておられましたが、
かなり当方と見解が違うなあ、と感じました。

まず、「李公麟の真作にもっとも近いと考えられていたのは、メトロポリタンの孝教図です。」という認識はいかがなものでしょうか?
 モノクロとはいえ、精密な写真が残っていた、五馬図巻との隔たりが多きすぎるので、様々な疑惑 ・異論が提起されていたはずです。
  董其昌が、李公麟の書として、戯鴻堂法帖に抜粋して収録したものが、メトロポリタンの孝教図のコトバ書きであることは疑いないようなので、17世紀にあったものには違いないと思います。しかし、李公麟という名前をつけられた絵は、精粗様々多数、原物があります。メトロポリタンのそれが原物があるからといってまつりあげるのはいかがなものか?、フリーアにもこんなにどっさりあるのです。。
Li Gonglin, attr. (傳) 李公麟
Southern Song 南宋
The Drunken Monk 醉僧圖
F1968.18
Li Gonglin, attr. (傳) 李公麟
Northern Song 北宋
Tao Yuanming Returning to Seclusion 陶淵明歸隱圖
F1919.119
Li Gonglin, attr. (傳) 李公麟
Yuan 元
Knick-knack Peddler and Playing Boys 嬰戲貨郎圖
F1911.161e
Li Gonglin, attr. (傳) 李公麟
Southern Song 南宋
The Shu River 蜀川圖

いずれも李公麟真作とはみなされておりません。ただ、南画大成なんかに入っていて、鈴木敬教授もとりあげていた、この蜀川図ってフリーアにあったんですね。制作時代も元以降でしょうし、李公麟作品とはとうてい考えられませんが、昔有名だったものの所在がわかったのはよかったと思いました。


台北にも、免冑図、麗人行、などを初め多数の伝承作品がありますが、台北故宮のサイトのコメント自身が「後世の人が描いたものだろう」と言っています。
結局、メトロポリタンの孝教図をもちあげた方聞教授の政治力・権力によるものではないか? と感じております。

  また、随身庭騎絵巻(大倉集古代館)と似ているという、見解もありましたが、実は私は、五馬図巻を実見して、五馬図巻と随身庭騎絵巻のコンセプトの違いに愕然としたほうなので、どういうセンスでこういう意見がでてくるのか?  疑問に思いました。


Ref 李公麟《五馬図巻》が、日中の絵画史を書き換える  文 橋本麻里
posted by 山科玲児 at 11:39| Comment(0) | 日記
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