2019年12月08日

マヤ文字解読  再読

マヤ文字解読.JPG


芝崎みゆき、古代マヤ・アステカ不可思議大全  草思社、2010/5/22
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794217622
芝崎みゆき、マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行 : メキシコ・グアテマラ・ホンジュラス・ベリーズの旅
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794217639

に刺激を受けて、

マイケル・D. コウ Michael D. Coe,
監修増田 義郎,  翻訳 武井 摩利, 徳江 佐和子
「マヤ文字解読」
http://www.amazon.co.jp/dp/442220226X/

を、また借りてきて再読してみた。

色々、面白いことに気がついた。
先ず、
1956年にメリダでユーリー・クノロゾフの本(スペイン語訳)を発見したときのコウ先生は

>台湾に2年もいて、帰国し、ライシャワーのもとで日本語を勉強していた
人だったんだそうだ。REF 222p。。
当然、日本語の複雑な記述法も、旧字体の漢字使用の台湾で、漢字の六書のことや音借などにも触れていただろうから、他の学者よりずっと共感をもったのではなかろうか??

その2,
 マヤ文字解読では、2人のロシア人が大きな仕事をしたことは、なんとも皮肉である。
ユーリー・ヴァレンティノヴィチ・クノロゾフ(1922年-1999年)

タチアナ・プロスクリアコフ(1909年1月23日 - 1985年8月30日)
だ。
 しかもクノロゾフはソヴィエト・ロシアの中だけで研究して画期的な突破口を開いた。コウ先生がメリダでみつけたクノロゾフの本(スペイン語訳)も、なんとメキシコ共産党関係の「労働者叢書」の一冊だったそうである(REF 222p)。

その3.
 現在、色々批判のあるエリック・トンプソンだが、その経歴には、面白いところがある。彼の父親はロンドンのハーレー街四十番地で医者をやっていた。ここでシャーロッキアンならピンとくるだろう。ハーレー街の医者というのは、ロンドンでも最高級の医者だということである。貴族に近い、しかも、トンプソン家はアルゼンチンに広大な牧場をもっていて、トンプソンは少年のころ、アルゼンチンの牧場で過ごしていて完璧なスペイン語を習得していたそうだ。トンプソンの共産主義嫌いはアルゼンチンでの実体験によるものだという。REF 175p- 第五章 トンプソンの時代   

その4.
 これは、2013年に既に書いたことだが、
 少女のころ公爵夫人とあだ名されたらしいタチアナ プロスクリアコフが、後年「土臭く上品さに欠けるテネシー女」だが優れた学者リンダ=シーリーを「わけもなく嫌った」という話ref.301pが書いてあった。
 でも、ここは、コウ先生不粋すぎ。公爵夫人とテネシー女ですよ。「わけもなく」のはずないでしょ。階級社会が建前上はないことになっているアメリカ人にはわからないのかな。それとも、わかりきっているけれどあえて知らないふりして書いているのかな。

その5.
  グロリア絵文書をニセモノと主張したのはトンプソンだったそうだ(ref 323-327p): 。そのためか昔の本ではグロリア絵文書は、ほとんどでてこない。もっとも、絵文書にニセモノが多いのは確からしい。
 十九世紀半ば「パリ絵文書」がつかって以来、
>コレクターや博物館には絵文書と称するものが数多く持ち込まれたが全て偽物であった。偽造品は樹皮紙に描かれたものもあったが、それよりも多かったのは加工処理していない皮革に描いたもので、私はそうした偽造絵文書の写真ファイルをひとつもっている。

REf.323p

その6
>ある現場考古学者は、考古学者以外の手で掘り出されたマヤの壺は粉々の挽き潰して欲しい、一再ならず発言している。こうした人々は、ナポレオン直属の考古学者が発掘したものではないからといって、ロゼッタ・ストーンでさえ叩き潰しかねない。
REF 329P

  これは中国古代殷周秦考古学文献学における問題と似たものがある。
  ref. 佐藤信弥、中国古代史研究の最前線
http://www.seikaisha.co.jp/information/2018/03/13-post-kodaishi.html

posted by 山科玲児 at 10:50| Comment(0) | 日記
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