2020年01月05日

ライデン板の年代と赤い線





ライデンと言えば、電気の実験に使ったライデン瓶とか、精緻な画風が素敵なライデン派の画家ヘリット・ダウなんかを思い出して、エジプトなんか関係なさそうなんですが、まあ良いとしましょう。

 それより今回思い出したのはライデン板というマヤ文明の翡翠の板です。
LEIDEN PLATE
http://research.mayavase.com/portfolio_hires.php?image=2909

これは、180年以上前の、1834年にPuerto Bariosというグアテマラとベリーズの国境近くのカリブ海の港町の近くで土木工事やってたオランダ人が古墳を壊して、みつけたものだそうです。銅器と一緒に発掘したというのですから、ACE1000年よりも後の遺跡だったんでしょう。ただ、こういう翡翠のような財宝は伝世されたり、一度埋められたものがまた掘り出されたりすることは少なくないでしょうから、このライデン板もはるか昔にいろんな人の手を経て、このカリブ海の港までたどり着いたのかもしれません。
  出土地の上流にはコパンやキリグアーがありますから、その辺から来たのかなあ、と思いますが、困った問題があります。この翡翠板に刻まれた年代は、ACE320年です。ところが、コパンとキリグアーの初代国王は426年におそらくティカルからやってきて征服した王たちなんですね。それより古い年代が入っているとは、おかしなことです。しかも、これは純粋にマヤ的な様式の絵と文字が彫ってあります。
 そうすると、こういう財宝はティカルから王族たちが携えてきたものなのかな?という想像もできますね。

ところで、このライデン板 1992年に米国のキンベル美術館で開催された「諸王の血統 Blood  of Kings」特別展に貸し出されたとき、
線が観にくいので、
修復技術者 Barbara Kerによって、 Red Oxide (Indian Red)アクリル絵具を線にいれたそうです。一応、除去できるものだそうなんですけどね。
この件はここに書いてあります。
http://www.mayavase.com/Inpainting.pdf
リンダ・シーリーさんも同意し、ライデン側の了解もとってやったことらしいし。その後ライデンに返すときもそのままでいいということだったので、現在も「赤い線」のネットイメージがありますね。
https://www.latinamericanstudies.org/Leiden_Plate.htm

ただ、当方としては、いかがなものか、こういう変更はやってはいけないものではないか?と感じているところです。ライデンの担当者も、相当無責任だな、と感じました。

写真著作権を考え、あえて写真図版はだしませんでした。
posted by 山科玲児 at 11:08| Comment(0) | 日記
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