2020年07月17日

クリスティーナ女王と音楽史

スウェーデン女王クリスチナ.JPG

クリスティーナ女王をネットで検索して、関連記事を漁っていたら、音楽史に名を残している貴族作曲家:ジェズアルド ダ ヴェノーサ(1560-1613)がクリスティーナがつくった アルカディア というアカデミーに参与したような記事があった。しかるにジェズアルドはクリスティーナが生まれる13年前に逝去していているから、ありえない。これは、別の本 ハイデンリンシュ著「ヨーロッパのサロン」法政大学出版局、1998を引用した記事なので、原本の間違い/翻訳の間違いなのかもしれない。原本というか訳本「ヨーロッパのサロン」を図書館から借りてきてみたが、どうも判然としない。クリスティーナ女王は聖書や古典も原語に遡って読むためにギリシャ語やヘブル語まで学んだそうである。当方は「ヨーロッパのサロン」の原本をとって確認するということまではできないが、音楽史の知識が多少あるので、あれおかしいな?と思った次第である。どうも、ジェズアルドのマドリガル集をもっていた愛好したという記録が残っているということらしいが、どうも、クリスティーナ女王の音楽の好みとジェズアルドの音楽は合わないように感じた。

 クリスティーナ女王がパトロンになったのは、むしろ、ヴィオリニスト・作曲家:アルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)で、それもクリスティーナ女王の晩年1676年ごろからのようだ。また、アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)の場合、なんと18歳のこの若者をローマのクリスティーナ女王の私的礼拝堂音楽チームの指導者に雇っている。これも晩年1678年のことである。クリスティーナ女王がローマに来たころやその前に愛好した音楽はよくわからない。初期バロックなのだから、モンテヴェルディやカリッシミ、シュッツなどなんだろうか。。
posted by 山科玲児 at 08:01| Comment(0) | 日記
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