2020年08月28日

文選

宋元書影 詩箋 (8).JPG 

 古筆切裏の唐抄本/古抄本  文選の年代がC14で奈良時代/唐時代だという結果がでた、という報告をみつけた。
 国立歴史民俗博物館研究報告第176集
Permalink : http://doi.org/10.15024/00002056
伝円珍筆三井寺切の放射性炭素年代と紙背『文選注』断簡の書写年代
2012-12-20

 つーか、文選の唐抄本って日本での伝世本でなかったっけ?と思った。そういや世説新書(世説新語)はあったけど文選はなかったかもしれないなあ。敦煌など西域出土の文選写本は複数あったはずだけれど、日本に奈良平安初期などに輸入されて残ったものはなかったかもしれない。ちょっとうかつだった。

敦煌の場合もそうなんだが、お寺に保存されたこういう仏教教典以外のものは、裏紙使用用という場合が多く、たいていは裏に仏教関係の本などが書写してある。明治以後だとおもうけれど、仏教書の裏(本来は表)にある貴重な唐抄本などが発掘されていることが多いので、文選なんかとっくにでているかと思っていた。


秋萩帖の場合は、第二紙から第二十紙までは、色とりどりの良質な紙をつないだ唐抄本の淮南子の裏紙を使って、草の手の和歌、と王羲之の書を臨書している。

 文選に話を戻すと、文選ってのは、名前だけは知っている人が多いかもしれないが、まじめに読んだ人はほとんどいないのではないか? 当方も、 昔、中華書局の活字本で読みを試みたことがあったが、昭明太子の序文と陶淵明のとこだけ読んで放り出した。
 文選の多くを占める賦、とくに有名な両都賦なんかは、豪壮華麗な表現を難しい漢字を連発してやるのが目的のような技巧誇示の文学で、若いころの私には到底うけいれられなかった。イメージは食旧コ齋 宋元書影 詩箋  の六大臣注文選 明晋府旧蔵本

 吉備大臣入唐絵巻で、文選が難しい本の代表としてでてくるのもこういうとこからきているのだろう。

 王羲之に関わる件では、、蘭亭序が文選に入ってないのは、おかしいという王羲之ファンの方々からの異議もある。しかし、純粋に文章技巧という点では、福本雅一「蘭亭嫌い」(ref)が指摘するように欠点だらけだろう。しかし、なかなか真率な心情が生に出ているようなところがあり当方も好きなのだから、技巧に問題があっても良い文章だと思う。特に「後之視今亦由今之視昔(後世の人が現在を視るのは、現在の人が昔を視るようなもの)」というのは良い文章だと思う。「也」や「之」の多用などどちらかというと口語的な文章だ。まあ、技巧重視の梁時代の批評家が取らなかったのは理解できる。

ref.   福本雅一、「蘭亭嫌い」 頽筆集(書の周辺 第一集) .二玄社,1981
posted by 山科玲児 at 05:37| Comment(0) | 日記
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