2020年11月27日

北山堂 夏承碑は真賞斎旧蔵なのか

  泰山刻石165字本の華夏印   と、重刻本?の拓本


香港大学文物館には、西岳華山廟碑の最旧精拓をはじめ優れた拓本が多い。北山堂利氏のコレクションが入っているからである。

 その中で、夏承碑の拓本も名高いもので戦前に影印本もでている。
夏承碑
http://www.artmuseum.cuhk.edu.hk/zh/collections/feature/detail/6847

2011年、東京国立博物館と初動博物館の合同拓本展をやったときは香港からレンタル企画までしたそうだが、たしか東日本大震災で中止だったように覚えている。図録だけはでていて結構よい図録だった。

ただ、戦前、三省堂の書エン の瓶庵氏(たぶん主幹の藤原楚水氏)の解説では、この北山堂本を低く評価し、書道博物館本を称揚していた。
  当方の貧架にも粗末な、拓本があるので、
 夏承碑
https://reijibook.exblog.jp/9785454/

を昔、書いておいた。


 その書法としての価値はともかく、この北山堂本の伝来は伝承どおり明時代嘉靖年間の華夏・真賞斎旧蔵なのだろうか?

北山堂の図録の北山汲古を繙いていて気がついた。拓本本体に華夏・真賞斎の印がない。また、それ以外のところにもない。 残る証拠は豊坊(1494-1569または70)跋だけであるが、この跋の印2個が、婁寿碑 豊坊跋(東京国立博物館)の印と違っている上に、康煕年間の跋が言語道断にも印の上に書いてある。
末尾  豊坊 跋
http://www.artmuseum.cuhk.edu.hk/zh/collections/feature/detail/6847

先人の跋にあまりにも敬意のないことである。どうも康煕の跋を書いた楊縄祖は豊坊の印だとはみなしていないようだ。ひょっとしたら、豊坊跋を転記してここに書いて印を押したのは康煕年間の楊縄祖かその仲間なのかもしれない。

 そう考えると臨川李氏本とはいえるだろうが、真賞斎本とはいい難いのではないか??


ref. 何碧h(編)、北山汲古:碑帖銘刻拓本、香港中文大學 中國文化研究所 文物館、2015
posted by 山科玲児 at 06:05| Comment(0) | 日記
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