1月4日、今年初めての「古楽の楽しみ」の第一曲はレオニヌス(レオナン)のオルガヌムで始まっていた。小笠原の地震速報で中断してしまったが、久しぶりにノートルダム学派のオルガヌムのことを思い出した。
Leonin: Organum Duplum, "Viderunt Omnes" (comparative transcription)
https://www.youtube.com/watch?v=_p9WQlyVPrA
David John Munrow (12 August 1942 – 15 May 1976) 指揮による演奏::
そこで、ウィキペディア日本語版をみてみたが、
レオニヌスが書いたというオルガヌム大全(Magnus Liber Organi)のラテン語名称がおかしかったので修正した。
(Magnus Liber)とだけ書いてあったのだ。これじゃ、「大全」だけである。(Magnus Liber)が「大きな本」「偉大な本」というだけの意味だということは、マンガ家やゲーム制作者でも知っているんじゃなかろうか? 「鋼の錬金術師」 とか、いろいろなマンガがあるようだし、錬金術関係のラテン語書名なども流布しているだろう。
実は、英語版も(Magnus Liber)となっていたので、それに惑わされたか?と思う。ただ英語版は略称で使っていたようだ。
中世音楽の記述をするならラテン語のカタコトぐらいは知っていてほしいものだ。歌詞はラテン語が多いし、理論書や古文書はほとんどラテン語なのだから。当方もカタコトの半可通である。
フランス語版によると レオニヌス(レオナンはフランス語読み)は、1192年にパリのノートルダム大聖堂の参事会員になっているようだ。この地位は幹部職で、かなりの定収入があるものだから、当時50歳だとして、1140年代ぐらいの生まれだろうか??
東京藝術大学音楽学部紀要第34集抜刷平成21年3月
平井真希子 https://geidai.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=483
によれば、1179年のもので、ノートルダム聖堂と関係の深い小教会「パリのサン・ブノワの参事会員であるレオニウス師」というのがあるそうで、
>1192年のものでは署名に“presbyter”という肩書がつき、司祭の資格を得たこと、契約の内容からノートルダム聖堂の運営にかかわる重要な地位に就いたこと
ということらしい。
実は、レオニヌスをはじめノートルダム楽派の人の名前や業績は、ほとんど唯一の文献に依存している。
それは「第四の無名者(AnonymousW)」が書いた音楽理論書である。AnonymousWなんてCDのレーベルにもなっているなんかホフマン風ロマンティックな響きを伴う名称である。が、おそらく実用的な機械的な名称だろう。古文書写本の束、あるいはT冊に装丁したもののなかで、著者がわからないものを文体や書風などで分類して「第1の無名者」「第2の無名者」「第3の無名者」「第四の無名者」と名付けただけだと思う。音楽は中世の教会社会の学問分類でいうと自由学芸7種の1つに位置づけられていたので、結構、教会や修道院での研究・文書作成がなされていたのである。
この「第四の無名者」が解説を書いたのは1270年〜1275年ごろだそうだ。英国人でパリに学んだ人のようである。ただ、年代を考えると、パリに学んだのは早くても1230年代ぐらいであろうから、レオニヌスに会えたかどうかは疑問、たぶん無理である。レオニヌスに対しては「最上のオルガヌム作曲者」(Optimus Organista)と賞賛している。
その次の世代のペロティヌス(ペロタン)には師事できたかもしれない。「第四の無名者」がレオニヌスとペロティヌス両方を記述し賞賛評価しているのだから、彼らの後の世代であることは確かである。
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