2022年01月30日

イミタチオ  クリティ

Thomas_a_Kempis__De_Imitatione_Christi.jpg

 イミタチオ・クリティ(キリストに倣いて)の著者という問題を考えていたとき、

中世以前の書籍・著述の著者をどうきめるか、という問題の迷路に迷い込んだような気がした。

というのも、
ウイキペディアには「ラテン語訳は匿名で1418年ごろに出された。他の著者説もあったが、現代ではケンピスの著書とみなされている。 」という変な書き方がしてあるからである。

これって中世の教会ラテン語で最初から書かれたはずじゃなかったのかな。修道士・修道院なんだからさ。それとも、古オランダ語が初稿なんだろうか? イメージはベルギーの図書館にあるトマス・ア・ケンピスが書いたという自筆ラテン語版写本

と思って、

イミタチオ・クリスティ キリストにならいて (講談社学術文庫)

を借りてきたら、前書きに解題が少し書いてあった。

ズバリいえば、トマス・ア・ケンピスは編集者でありラテン語版への翻訳者でもあった。では原型となるオランダ語の本はだれが書いたのか?
トマスの50年ぐらい先輩のヘラルト・フローテという説が強いが、直訳でもないし、他の人の著述も参考にしてるらしいし、トマス・ア・ケンピスがいろいろ整備しているので、これはトマス・ア・ケンピスの著書と言ってもいいのではないか? 中世の著述には引用や注釈の上に多少著者の見解を盛るという形のものが多く、あまりオリジナリティを主張しないものが多い。

ちなみに、この「イミタチオ  クリスティ」は、慶長元年に天草でローマ字版、慶長15年に京都で漢字平仮名版が出版されていて細川がらしや夫人も読んだそうである。だいたいローマ・カトリックの宣教師や神父は聖書を直接信者に与えることはなく、このような宗教書・祈祷書・教理問答で伝道布教教化していた。チェスタートンのいう「聖書を自分流に読む危険」をよく知っていたからだろう。
posted by 山科玲児 at 09:34| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]