2022年02月22日

フジタ礼拝堂



レオナール・フジタ夫妻が眠る フランス  ランスにある 
フジタ チャペル
https://musees-reims.fr/fr/musees/la-chapelle-foujita/

については、前、少し書いた。
2015年09月21日 藤田嗣治 続
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/164055740.html

このフジタ礼拝堂の壁画はかなり特異なものだと思っている。クエンティン マチエースのような16世紀フランドル絵画に一番近い感じがする。アントワープの聖ヨハネ祭壇画やブラッセルの聖アン祭壇画など。あのアントワープの作品のグロテスクな側面は藤田礼拝堂壁画の一部にもあるようだ。群衆の中に礼拝者として肖像を描くという伝統もフランドル的な感じ。マーチエスの絵に直接影響されたのか、もっと間接的な影響なのかは、当方は藤田は研究していないのでわからない。

2500点という遺品遺作がランス市に寄贈されたこともあり、ランス市の美術館の大改修にともなって、レオナール・フジタ 美術館というかウィングのようなものを作ろうという計画があるようだ。
それに関係するシンポジウムが昨年、日仏会館であったそうである。
(共催シンポ)世紀を超えて紡ぐ藤田嗣治の日仏文化交流の極み―藤田嗣治が夢みた美術館がランス市でいよいよ開設の運びに
https://www.mfjtokyo.or.jp/events/co-sponsored/20211030.html

しかし、これで初めて知ったのだが、フジタの墓は、最初からこの礼拝堂に設置されたわけではなかった。
その前はアトリエと住居があったパリ郊外のエソンヌ県に埋葬されていたという。フランス語版Wikipediaを読むと、更に複雑で、最初はランスReimsの北の墓地に埋葬され、次にエソンヌ県の l'église Notre-Dame de l'Assomption de Villiers-le-Bâcle (Essonne)の共同墓地に改葬され、2003年ごろに、この礼拝堂に改葬されたということである。なかなかお墓の問題は難しいものだ。

この改葬の件で未亡人 君代夫人とフランスの関係者との交渉を助けたのが、シンポジウムにでていた角田弁護士である。 こういう問題はややこしいだろうから相当尽力されたと思う。
posted by 山科玲児 at 07:55| Comment(0) | 日記
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