2011年10月02日

藤枝晃説のその後


敦煌学とその周辺.JPG敦煌学に一世を画した大学者:故 藤枝晃 教授は、独創的な鋭い人だったが、天才肌芸術家肌の人にたまにみられる悪癖として、極論を断言しすぎるきらいがあった。司馬遼太郎や江上波夫もそうだったなあ。江上教授は生前一度講演を東博の旧講堂で聴いたことがある。ずいぶん小柄の肥満体の人だった。

その極論断言のなかでも「聖徳太子は三経義疏を書かなかった」「御物の法華義疏は中国からの輸入品を太子筆と偽装したもの」という説は、聖徳太子信仰と衝突したために、かなり物議をかもしたものだ。私は「敦煌学とその周辺」という藤枝先生の本で読んだ。

 私もこの説はどうかっと思ったものだ。昔の注釈書というのは古注を集めていくらか新意をだすというようなもので、老子の王注や荘子の郭注のような独創的解釈は例外中の例外であろう。源信の往生要集も引用が過半を占める。近現代の著作と中世以前の著作の違いを考えていないと思ったものである。

最近、駒澤大学仏教学部の石井公成さんが、
三経義疏中国撰述説は終わり
http://blog.goo.ne.jp/kosei-gooblog/e/6d4c13d0c821f10953cfbeab27eea03a
という文章を書いていて、これは説得力があると思った。こんな漢文は中国人が書くはずがない、という指摘である。いわゆる和習の多い漢文だという。。
やはりね。。という感じである。
posted by 山科玲児 at 08:34| Comment(0) | 2011年日記
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