2019年08月23日

青花は唐時代から

最新号のOrientations

はシンガポールの
Asian Civilisations Museum
https://www.acm.org.sg/
特集です。

ただ、沈没船から出た唐時代後期(約830年)の青花皿についてはでていなかったのは残念。
このURL頁のしたのほうにあります。かなり素朴な感じですね。

青花/染付/釉裏青 といわれる透明釉の下にコバルト顔料呉須で模様を描く技術は、このように唐時代からあることはたしかです。ただ、盛行しなかっただけ、少数派だっただけです。宋元の知識人には「俗悪」とされて嫌われていたようですね。
 Wikipediaの中国陶磁の歴史に「元時代から始まった」ような誤った記述がありましたので変更修正しました。

posted by 山科玲児 at 09:45| Comment(0) | 日記

2019年08月22日

正反対じゃん



青瓦台きょうGSOMIA延長決定へ朝鮮日報日本語
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6334097

【速報】韓国が破棄を発表 日本と軍事情報共有「GSOMIA」
https://www.fnn.jp/posts/00422797CX/201908221829_CX_CX

プレスリリースでも、これまでぶれるものか。。
posted by 山科玲児 at 19:06| Comment(0) | 日記

カフェオリンピック

OLYMPIC.JPG



2019年07月09日 長崎  巨大パフェ カフェオリンピック移転【引用記事 追加】
で、紹介したオリンピックですが、写真とりました。

なんか 食べログではずっと休業あつかいみたいですね。
https://tabelog.com/nagasaki/A4201/A420101/42000080/
店に注意しとこうかな??
タグ:長崎
posted by 山科玲児 at 08:59| Comment(0) | 日記

ミネラル麦茶サービス

MARGOT お茶.JPG

長崎市役所前の弁当屋さん BENTO MARGOT
8月21日〜31日まで月末まで、

弁当450円以上買った人に お茶ボトル1本無料でもらえるみたいです。

長崎市桜町5−5 土日祝休み 11:00ー14:00ごろ

タグ:長崎
posted by 山科玲児 at 08:43| Comment(0) | 日記

2019年08月21日

ロヒール 十字架降架の模写

prado rogier.jpg



  プラド美術館のロヒール・ファン・デル・ウェイデン『十字架降下』には正確なほぼ同じ大きさの模写が3つある。2点は同じプラドにあり、1点はベルリン美術館にある。
Orginal
https://www.museodelprado.es/coleccion/obra-de-arte/el-descendimiento/856d822a-dd22-4425-bebd-920a1d416aa7


Prado Copy  Michel Coxcie?
El Descendimiento - Coleccion - Museo Nacional del Prado
https://www.museodelprado.es/coleccion/obra-de-arte/el-descendimiento/683e1628-ba9c-4a1d-b906-6edb26347256

Prado Copy Anonym
El Descendimiento de la Cruz - Coleccion - Museo Nacional del Prado
https://www.museodelprado.es/coleccion/obra-de-arte/el-descendimiento-de-la-cruz/68b8f1f5-50b6-439d-bcb0-ca9188276d3c

Berlin Copy
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Descent_from_the_Cross,_by_Michiel_Coxcie,_a_copy_after_Rogier_van_der_Weyden,_1540-1548,_oak_-_Bode-Museum_-_DSC03179.JPG

 これらの模写は意外としられていない。また、あまり重要視もされていないようだ。もちろん専門書にはちゃんと記載はされているが、かなりひどいあつかいである。ミラフローレス祭壇画のように、従来模写とされてきたものが実は真跡で真跡とされてきたものが模写ということもあるので、模写をあまりにも軽くあつかうのもいかがなものかと思う。

 プラド美術館のサイトでは、2点の模写は、なんとスペイン語サイトにしかなく、英語サイトには掲載されていない。英語で検索しても検索は難しい。ベルリンの模写の図版はwikimediaにあるだけである。
  まあ、正確な模写なら、全体の小さなカラー図版じゃ原作と区別つかないし、同じ写真の図版並べてなにやってるんだ??というようなアホな印象しか与えないだろう。部分拡大図版で比較というのなら、まだ意味があるだろう。
  この3点を比較してわかることは、3点ともたぶんルーヴァンから持ち出された後で制作された模写だということだ。全体の凸型の形が全く同じであり、おそらく周囲にあった飾りや両翼もすべて取り外した現在の状態と同じだからだ。
  ハプスブルク家のハンガリーのマリアが、ルーヴァンの教会?から購入したとき、代替に模写を納めたというが、その模写は現存の3点のなかにはないのではないかと考えている学者は多いようである。とにかく、こういう精緻な模写がルーヴァンの教会にあり、ファン・マンデルは、こういうのをみて批評していたのだろう。
 縮小模写・模倣作で、オリジナルがルーヴァンにあったときの原形を推定できるものが、ルーヴァンにあるエーデルヘーレ祭壇画(1443)である。

エーデルヘーレ祭壇画の外翼グリザイユについて


Ref.  Rogier Van Der Weyden: The Complete Works First Edition Edition  by Dirk De Vos 、Harry N Abrams; First Edition edition (April 2000)


posted by 山科玲児 at 07:30| Comment(0) | 日記

2019年08月20日

ファン マンデルの「北方画家列伝」注解

ファンマンデル.JPG



 23日に返却するので、ファンマンデルの本を大車輪で読んでいるのだが、
 どうもイライラ感というか違和感を禁じえない。

 というのも、従来もってきたネーデルランド絵画史の枠組み 鳥瞰図と、ファンマンデルが提示するものがかなり違うからだ。当方が従来もってきた15ー16世紀フランドルオランダ絵画に関する概念は,基本的にはMax J.フリートレンダーによるものである。フリートレンダーの「ファンアイクからブリューゲルまで」という名著によって地図をつくられ評価を学んだものであるといって、そう間違いない。この概念図をフリートレンダーはさらに先輩から学んだのかもしれないが、日本の多くの学者もだいたい似たようなものではなかろうか?
 ファン・マンデル本はフリートレンダーのモデルとはかなり違っている。

 ファン・マンデルの本は16世紀ロマニスト画家列伝と解釈すれば、そうおかしくはない。
 もちろん、ファン・アイク、ロヒール、メムリンクなどについて記述がないわけではないし、現在ではファンマンデルしか書いていない貴重な記述も多い。ハーレムに長くすんだせいか、ハーレムの画家らしい、アウワーテル、ヘルトートヘン・トート・シント・ヤンスの記述は詳しく、ひょっとしたらこのファン・マンデルの記述が2人の画家に関する信頼すべき唯一の記述かもしれないと思うくらいだ。

しかしながら、いわゆる「初期ネーデルランド絵画」にはかなり冷たい。フレマールの画家、ロヒール、ペトルス・クリストス、ディエルク・ブーツ、ヒューホー・ファン・デア・グース、 メムリンク、イッセンブラント、ヘラルト・ダヴィッドなどの記述が非常に薄いまたはないも同然である。これは、スキラ社 の Flemish Painting 第1巻が彼らで2/3が占められていることと著しい対照をなす。
  一方、ファンマンデルが称揚する画家はファンアイクは別として、ルカス・ファン・ライデン、スコーレル、デューラー、ヘームスケルク、スプランゲル、ホルティウスというラインである。
 16世紀の画家でも、スペインへ出稼ぎにいって「初期ネーデルランド絵画」の大作をスペインで制作したジュアン・フランダース(フランドル人のジョン)なんかはでてこない。

 つまり現在、私がもっている15、16世紀フランドル・ネーデルラント絵画史の概念とどうもうまくあわないのだ。
  一方、ヴァザーリの画家・彫刻家・建築家列伝 第2版(1568 )は、現在のイタリア・ルネサンス絵画史の概念とだいたい一致する。

  ただ、現在の15、16世紀フランドル・ネーデルラント絵画史の概念が、絶対に堅固なものかというと、当然、みなおしの余地は多いにあるだろうから、このズレが将来の研究を刺激する源泉になるかもしれない。

REF カーレル・ファン・マンデル、「北方画家列伝」注解,中央公論美術出版  2014
REF. Flemish Painting: The Century of Van Eyck  by Albert Skira (editor), Jacques Lassaigne 
Published 1957 by Albert Skira Lassaige
posted by 山科玲児 at 21:11| Comment(0) | 日記

好太王碑  拓本の所蔵施設



好太王碑  拓本は、質の善し悪しを問わなければ、あちこちにあったのだが、東京国立博物館には、あの拓本とはいえない酒勾本しかなかった。十年以上まえ、友人から電話があって、好太王碑(全套本、整紙本) 拓本を公共施設に寄贈したい所蔵家のご遺族がいるのだが??という問い合わせがあったので、どこがいいかな?? 東博がいいんじゃない?あそこにはないから??  え、ないの??まさかね??
  というような電話相談があって、その後、資料提供したりしたものだが、いろいろあった後、寄贈されたという話しである。今、東京国立博物館にあるのが、これと酒勾本で2本である。この拓本は石灰がかなり落ちたあとの拓本みたいだが、結構 自然なものだと思う。

なんで、東博を推薦したかというと大きな高い陳列ケースがあるからである。
好太王碑は、全套本、整紙本なら高さ5m半もあるから、全部拡げて展覧するというのが、とても難しい。台東区書道博物館には1,2階ぶちぬきの展示ケースが一つあるから、あるとき所蔵の大きな好太王碑拓本が展示されていた。こういうケースがないところでは、展示そのものが無理なので死蔵されてしまう。東京国立博物館の場合、平成館をはじめ大きなケースはあるし、幸か不幸か好太王碑拓本もっていなかったのでお互いの利害が一致したというわけである。

東京国立博物館、台東区書道博物館の他の公共施設にあるところでは、、
水谷悌二郎氏由来の最古に近い優れた本として、

水谷整紙本が、
  千葉  国立歴史民俗博物館
https://www.rekihaku.ac.jp/outline/aboutus.html
にある。

また、
岡山の、金光教 金光図書館
http://www.konkokyo.or.jp/konko-library/

好太王碑  水谷精拓本
http://www.konkokyo.or.jp/konko-library/cont/gallery/g01/koutaiou.htm
があるようだ。

他にも、大学、書学院などの書道団体所蔵のものなど、結構あるようだ。




posted by 山科玲児 at 08:19| Comment(0) | 日記

ファン アイクへの道 展の紹介動画 URL変更

2015年04月15日 アニメ:ファン アイクへの道
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/119548594.html

で、紹介した解説動画は、URLが変わったようです。
Youtubeで残っているようですね。
The Road to Van Eyck
https://www.youtube.com/watch?v=Xs6Q3IciYG0

これは、 オランダ  ロッテルダムのボイマンス美術館で2012年10月13日〜2013年2月10日で開催されたファン アイクへの道 展の紹介動画です。 
posted by 山科玲児 at 07:02| Comment(0) | 日記

2019年08月19日

国際的山賊殺人

ファンマンデル.JPG

  ファン マンデルの「北方画家列伝」注解(イメージ),
181pに、

技に優れた高名な画家マールテン・ファン・ヘームスケルク
という節があります。

画家
マールテン・ファン・ヘームスケルク(1498-1574)
https://en.wikipedia.org/wiki/Maarten_van_Heemskerck

の伝記です。

ヘームスケルクがローマからオランダに帰るとき、

ローマで知り合ったある若者から。その父親に宛てた手紙を託された彼は、ドルドレヒトを訪れた。その父親の家は、今は「小さな錨」という醸造所になっている。が、その当時は、旅の商人たちなどを密かに襲うために構えられた盗賊の根城だった。彼はここに宿泊するように誘われた。ピーテル・ヤコーブスという芸術愛好家もひきとめようとした。しかしその日の夕暮れに出帆する船があったのは彼に幸いした。その家からはのちに明らかになったように、おびただしい数の骸が発見されたからである。


「ある若者」も「ピーテル・ヤコーブス」も、ローマ〜ドルドレヒトをまたにかけた犯罪の一味なんだな。国際的 蟻地獄みたいなものかな。
 16世紀当時、オランダやドイツの画家などがイタリアにいって修行してまた帰るということが多数あったようだけど、その裏には、こういう連中が暗躍して死体になってしまった俊才も多かっただろうなあ。

REF カーレル・ファン・マンデル、「北方画家列伝」注解,中央公論美術出版  2014
posted by 山科玲児 at 07:34| Comment(0) | 日記

2019年08月18日

好太王碑 改竄説の評価

書品 100 好太王 (2).JPG

  在日朝鮮人のち韓国籍取得の故:李進煕教授(最後は、和光大学名誉教授)が1972年ごろに提起した、改竄説は間違いだったことは確定している。中国で酒勾以前の拓本と記録が発見されて意図的改竄はないことが明らかになったからだ。写し間違いはあったかもしれないが。。

 韓国では、未だに盲信している人もいるようである。
https://japanese.joins.com/article/554/219554.html?servcode=100&sectcode=120

  しかし、最近、東大の人が書いたもので、
広開土王碑の拓本
 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/digitalarchive/collection/saotome_masahiro.html
>その後の研究により、この「改竄説」は否定されることとなったが、李進熙氏の提起は、酒匂本のみを頼りに碑文研究をしてきた学界に大きな反省を促した。


となっているが、奇妙な評価だと思う。嘘で研究を混乱させた、と非難しないのはおかしい。

 なぜなら、 水谷悌二郎「好太王碑考、 「書品」100号、東洋書道協会、一九五九年六月、123〜173頁).
というように、改竄説がでる13年も前に9点の拓本を研究した詳細な研究がでている(イメージ)からである。

 とすると、2つの結論のどちらかが論理的に導かれる。

  @「酒匂本のみを頼りに碑文研究をしてきた学界に大きな反省を促した。」というのが間違いである。
 A当時の学会は勉強不足の無能な学者か、社会主義者で北朝鮮に媚びたイデオロギー優先の学者しかいなかった。

 なお、最近「好太王」と云う名前がよくないという意見を言う人もいるが、1946年に慶州の新羅古墳から発掘された青銅容器の底に下のような銘文があるのだから、よいのではなかろうか。
好太王壺イ.JPG
posted by 山科玲児 at 11:13| Comment(0) | 日記