2018年06月20日

スイス・シオンのオルガン



2015年04月16日
古いオルガンのこと
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/119883935.html

で、スイスのシオンというところにある要塞のなかの聖堂にある14世紀の古いオルガンを紹介しました
動画::  https://www.youtube.com/watch?v=iDjZFvNaxlM
が、あまりこの動画では音色が良くなく、こういう粗い音が古拙なんだろうかとか、損耗がひどいからだろうか?とか考えてました。

しかし、別の動画で聴くと結構愛らしい音もでるようです。演奏者の力量や好みの問題なんですかねえ。

Sander van Marion plays the oldest organ in Sion in Switzerland
Oldest organ in the world in Sion Switzerland (part 3)
posted by 山科玲児 at 09:54| Comment(0) | 日記

エラリー・クイーンの住所

エラリー・クイーン小百科.JPG


エラリー・クイーン(フレデリック・ダネイFrederic Dannay (1905ー1982)とマンフレッド・リー Manfred B. Lee (1905ー1971))のWikipedia記述があまりおかしいので、訂正補筆しました。
エラリー・クイーンについては、うるさいお歴々が昔から多いので、あまりやりたくなかったのですが、やむをえません。しかし、どうしてこんな明白な誤謬が放置されていたのか逆に不思議です。また、これをもとに考えたり書いたりする人がでる危険もありますでしょうから、しょうがないので最小限の訂正をしました。

旧ヴァージョン>なお共作の手法は、まずプロットとトリックをロサンジェルスに住むダネイが考案し、それをニューヨークに住むリーに電話で伝え、2人で議論を重ねたあとリーが執筆した。

なんてのが、書いてあって、、
ほんまかなあ、電話なんかで伝えられるの? アメリカの東と西に分かれていて共作なんかできるのかな? と思ってたら、
全く、間違いでした。

まず ダネイはロサンジェルスに長く住んでたことがない。ニューヨーク近郊です。1947−1951年のころに、ロサンジェルス近郊に住んでたのはリー のほうです。 しかもリーは1951年に東海岸に戻っています。 日本でよく知られている初期の国名シリーズや、XYZの悲劇、を書いたころは住所は2人ともニューヨーク、米国内で広く講演旅行をしてますが、基本的には2人連れです。

嘘じゃないの。。これ。

2人がハリウッドに出張していたことはあります。また講演旅行や出張、長期滞在で、ダネイがロスにリーがニューヨークにいるという状態になるということはあったかもしれないが、それは一時的なことなので、こういう記述はおかしいでしょう。
REF:: フランシス・M・ネヴィンズ著, エラリー・クイーン 推理の芸術 , 飯城勇三(訳)、 国書刊行会 , 2013  第1章、第7章、第14章、第18章冒頭

 ダネイが、昨日述べたオースティンのテキサス大学へ蔵書を売却したのは、1959年ごろのようです。ということは50歳ごろなんで、コレクションの行き先を決めたのは意外に早かったんだな、、と思いました。 どうも、これは別の事情、例えば資金造りの意図など、、があったのかもしれない。。とも邪推してます。
REF:: フランシス・M・ネヴィンズ著, エラリー・クイーン 推理の芸術 , 飯城勇三(訳)、 国書刊行会 , 2013  第19章冒頭


イメージは1979年9月に早川書房が出した小さなパンフレット エラリー・クイーン小百科の表紙で2人の写真がのってますので、あげてみました。

posted by 山科玲児 at 06:08| Comment(0) | 日記

2018年06月19日

愛書家・蒐集家としてのエラリー・クイーン

シャーロック・ホームズの災難.JPG


  ホームズ・パスティーシュへの関心から、
  シャーロック・ホームズの災難(上・下)を図書館から借りてきた。
  そう素晴らしい作品が満載されているわけではないようだが、注目すべきは、
  序文と各作品の解説に溢れている愛書家読書家ブックコレクターとしてのエラリー・クイーンの思いである。実際は2人のうちのフレデリック・ダネイFrederic Dannay (1905–1982)の文章である。ダネイがこういう趣味であって、もう一人のリー Manfred B. Lee (1905–1971)は、蔵書はあったようだがダネイほどの蒐集家精神はなかったようだ。
  この情のこもったコメントにこそ、此の本の価値があり、収録作品には、それほど価値があるだろうか?  と疑問に思ったものだ。全部読んでるわけではないが、そういう感じをもった。中国の文人の本では序跋だけ集めた本がけっこうある「山谷題跋」とか「雪堂校刊群書叙録」とか、ダネイの場合もそういう集成があってもよいかもしれないと思った。

 エラリー・クイーン文庫(ダネイの蔵書)は、テキサス州オースティンのテキサス大学のThe Harry Ransom Center にまとまって保存収蔵されているようである。USAで最初のミステリー・探偵小説の大規模なコレクションだという。



 この作品集に収録されているエラリー・クイーンの自作は、ラジオドラマの 「ジェームス・フィリモア氏の失踪」であり、これはなかなか面白い。あとで調べたら、初出は「ロング氏とショート氏」というラジオドラマであり、それを改稿改題したもののようである。エラリー・クイーンのラジオドラマというのは全創作のうち相当大きな部分をしめるらしいし、色々問題もあるようだ。代作があるとか、そもそも別人アンソニー・バウチャーがダネイの替わりに参加しているとか、第二次世界大戦中に政府プロパガンタに荷担したとか、、 

  エラリー・クイーンについてはWikipediaにもおかしなことが書いてあり、合作過程の実際はどうであったか?  というようなことにも関心はあるので、また書く予定だ。

posted by 山科玲児 at 09:01| Comment(0) | 日記

2018年06月18日

人力オルガン

追加ですが、前回に出したオルガンの動画では、
横の助手の人がエンジンになってます。
ときどき帯を引っ張って、、たぶん重し(重錘)を引き揚げてるんでしょうね。。
人力オルガンです。これ小さなオルガンなので帯引っ張るだけでいいんですが、大きなオルガンの場合、古い時代はフイゴをおす人を何人も雇ったりしたんですね。今は電気フイゴに替えているところが多いようです。小さなオルガンの場合は人力を残してもいいと思うんですけどね。。

このオルガンは、スイスのフライブルグ:Fribourgにあります。ドイツのフライブルグじゃありません。
スイス西部の小都市です。フランス語圏みたいですね。フリブールと読むみたいです。。

人力オルガン動画 ケルルのパッサカリア
Johann Caspar Kerll - Passacaglia - Maurizio Croci, organ -
posted by 山科玲児 at 09:01| Comment(0) | 日記

ケルルのパッサカリア

Klosterneuburg Leonhardt.jpg

2018年05月30日 クロスターノイブルクのオルガン
で、とりあげたCDですが、Schlaegl
冒頭は、ヨハン・カスパール・ケルルのパッサカリアという曲です。

このヨハン・カスパール・ケルルてのは、フレスコバルディとフローベルガーという二大オルガニストに師事したという人です。先生の選び方が鋭いですね。。
実は、此の曲、ここで初めてきいたんですが、強烈な感じもありますが、、よい曲ですね。ただ、昔聴いてことがあってもよくない演奏だったら印象に残らず忘れていて、初めて聴いたと間違っているかもしれません。

このレオンハルトの演奏に近いのが、スイス西部の教会にある古いオルガンを使ったこの演奏

一方、クラブサンで全く違った印象を与える演奏もあります。これはベルリンのクラブサン制作者が弾いてるんですが、これ、けっこう上手いですね。。多少、ロマンチックな演奏でしょうけど、、







posted by 山科玲児 at 07:52| Comment(0) | 日記

2018年06月17日

中野京子さんの動画 まだあった

第5巻『ヌード』かぐわしき夢|ARTGALLERY アートギャラリー全10巻
編集担当:中野京子氏の動画メッセージ
https://www.youtube.com/watch?v=X8_e9HKKpzk
以外にまだ3つありました
posted by 山科玲児 at 13:31| Comment(0) | 日記

支那的性格の新訳

支那的性格 slipcase s.JPG



  2015年にArthur Henderson SmithJuly (1845 –1932)の, Chinese Characteristics (1894)
の新訳がついに出ていたようだ。  長崎にいて、あまり交流もないせいか、3年も知らなかったのは、全く不覚だった。


中国人的性格
ア−サ−・H・スミス 著 石井宗皓/岩ア菜子 訳
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2015/08/004755.html

 『支那的性格』白神徹訳1940(イメージ)、も同じ中央公論社なんだから、「支那」⇒「中国」へ変えて、訂正再版してもよかったとおもうのだが、新訳したらしい。
つまらぬ削除や忖度による誤訳がないことを希望している。

どうも、やや訳がかたくるしいとか、研究・注釈が多すぎるとかいう声もきこえる。
白神訳で読む限りは、この120年前の本は、現代でも有用だと思うので、もっと平易な訳
で抜粋本でもいいから、文庫で安く販売して欲しいと思っている。。

白神徹訳1940、中央公論社(イメージ)、の目次::
 特に最初の「面子」という章は必読で、日本人が考える「面子」と相当違うものである。
緒 言
  第一章 面 子 (ミエンツ)
  第二章 節 倹
  第三章 シナ流の勤勉
  第四章 礼儀
  第五章 時間の観念の無視
  第六章 精確緻密ということに無頓着
  第七章 勘違いの才
  第八章 率直を避け婉曲に言う才
  第九章 面従後言
  第十章 智的渾沌
第十一章 無神経
  第十二章 外人軽蔑
第十三章 公共心の欠如
  第十四章 保守主義
  第十五章 西洋流の安楽ということがない
  第十六章 旺盛な生活力
  第十七章 辛抱強さ・粘り強さ
  第十八章 知足・楽天性
  第十九章 シナの孝
  第二十章 シナの仁惠
  第二十一章 思い遣りの無さ
  第二十二章 社会的台風
  第二十三章 シナの責任と遵法の観念の原始性
  第二十四章 疑心暗鬼
  第二十五章 不誠実
  第二十六章 多神論汎神論無神論
  第二十七章 シナの実情と当面の必要事 
posted by 山科玲児 at 10:27| Comment(0) | 日記

法隆寺宝物と正倉院宝物の取り違え


古い活字文献をデジタル化するとき、スキャナーや文字認識装置も活躍するだろうが、
結局、手入力になることも多いだろう。それはしょうがないとしても、
同じ文献を違った人間が何度もデジタル化したり転記したりするのは、どう考えても無駄におもえる。
そういう意味で、デジタル化された文献はできるだけ公開して欲しい。無料でとはいわないから、販売してもいいので、お願いしたい。

そうはいっても、最近、自分が9年前、古い雑誌から引用のために入力した文章を、最近、また同じ雑誌から同じものを文字入力していたのには、自分ながら呆れてしまった。9年前入力したのは、このブログで、引用した石田茂作氏の記録である。
2009.02.22 
取り違えた宝物 

この取り違え問題は、よほど気になっていたらしく、同じ雑誌から、また入力してしまったのは時間の無駄もはなはだしい 。。

自分自身を自戒するところであるが、この取り違え問題は役所のなわばり問題もあり、さわらないほうがいい問題になっているのか、さっぱり議論されていないものである。 NHKはこういうことこそ、やらないのかな? 

実際、新発見の木簡の包み紙の件で、正倉院がからんだりしているのであるから、知らないとなにがなんだかわからないし、実害もありそうだ。。


一応、再度挙げておく。
******* 記 ******
 法隆寺献納宝物の由来 / 石田茂作 / p4〜7
MUSEUM、第282号、昭和49年9月号、no.282,september,1974


7p 注3

法隆寺献納宝物の一部だと思われるものが正倉院にもある。それは前にも一寸触れた天寿国曼陀羅繍帳の数種の断片である。これは明治初めに法隆寺宝物の献納が御裁可になり、当分の間正倉院宝庫に納められ、明治十五年東京移送のおり、法隆寺宝物の1櫃と正倉院宝物の1櫃とがとり違えて運ばれたものだと思われる。よってそうした一括を法隆寺宝物館に移納すると同時に、東博の、所属不明の正倉院幡類を正倉院に移納し、両□(脱字「者」??)の純粋性を確保されたら如何。



以上


posted by 山科玲児 at 09:29| Comment(0) | 日記

2018年06月16日

中野京子 編集 『ヌード』



 Eve Bosch.JPG

第5巻『ヌード』かぐわしき夢|ARTGALLERY アートギャラリー全10巻|集英社創業90周年記念企画
https://www.shueisha.co.jp/artgallery/vol05.html
を巻末の解説も含めてつくづく読んでみました。

編集担当:中野京子氏の動画メッセージ
https://www.youtube.com/watch?v=X8_e9HKKpzk
もありまして、この人は、わかりやすく喋る人だな、TV慣れしてるのかな?と思いました。後半はちょっと営業トークっぽいんですが、総じて好感をもちました。


今回は、慎重に書いたのか、そうつっこむところはなく、良い解説だとおもいました。
収録作品では、
ルノワールの少年ヌード 《猫と少年》(オルセー)が刺激的でした。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Pierre-Auguste_Renoir_-_Gar%C3%A7on_au_chat.jpg
ただ、もう一つのルノワールも含め
オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展
2016.4.27〜8.22:国立新美術館
で展示されていたもののようで、この最近の機会に実見されたのかもしれませんね。
また、
ジャン・ブロック「ヒュアキントスの死」(ポワティエ、サントクロワ美術館)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Death_of_Hyacinthos.gif
のような、ギリシャローマ神話や旧約聖書などの逸話を、色っぽく描いてちょっと危ない感じのするものは、この時代のベルギーやフランスの正統派 サロンの画家に結構あると思います。アングルの作品も結構あぶない感じしますからねえ。
いずれにせよ、実見を基礎とした良い選択だと思います。

まあ、作品の選択が腕のみせどころで、編集者の個性がでるので、、あれ!、なんで入ってないの?という作品がたくさんあるのは、当たり前といえば当たり前でしょう。

まず、あれっと思ったのは、

ゲントの祭壇画 
 の おそるべきアダムとイブが入ってない、、まあ、アダムはともかくイブには中野さんは、あまり共感しなかったのかな。。 ゲントの祭壇画を今、修理しているので色合わせがうまくできないのか?とか思いました。
そして、
プラド美術館:ボッスの「快楽の園」のイブ(イメージは修理前のもの)も入ってない。
これは石本正画伯も好みの絵にいれてましたのにね。。

イタリアなら、あの変わった絵のピエロ・ディ・コシモ「ニンフを悼むサチュロス」(ロンドン・ナショナルギャラリー)

20世紀では、ロメーン=ブルークスやレオナール・フジタ、レオノール・フィニイなんかいれても良かった。

  解説で笑ったのは、「ミケランジェロになってヌードが変になった」というところで、確かにミケランジェロの女性像は、多くは、着衣でもヌードでも、顔はともかく身体はアスリートというか男性みたいなんで,確かに変。 ウフィッチのトンドの聖母もどうみても男性にみえます。 聖母像彫刻なんかは自然にみえます(ピッコロミニ=ブリュージュの聖母子やヴァチカンのピエタ)が解剖学的にはどうなのかな。。ミケランジェロの影響をうけたポントルモのデッサンにもなんか男性のような女性ヌードがあります。

posted by 山科玲児 at 09:03| Comment(0) | 日記

2018年06月15日

刺繍天人の顔

繍佛 (1).jpg繍佛 (3).JPG

奈良国立博物館
糸のみほとけ  平成30年7月14日(土)〜8月26日(日)
出品リスト
https://www.narahaku.go.jp/exhibition/2018toku/ito/ito_press_list.pdf

22ー27までにあげられている
繍仏は、
大きなのぼり・幡の下部にはためく帯に刺繍された天人で、奏楽している姿もあり、とても愛らしく美しいものである。
ところが、、実物(イメージ:当方の撮影  法隆寺宝物館  東博にて)
をみればわかるように、大部分の例で顔部分が失われている。
もちろん、少数、顔が残っているものもある。当然、そういうもののほうが欲しがる収集家が多かったのか流出しているものには、そういう例が多い(福岡美術館の松永コレクション、大和文華館のものなど)
東京国立博物館の例をみると、なぜ顔部分ばかりがなくなっているのだろうか??と思ってしまう。
あるいは、顔に使った色の糸を染めた染料が虫を呼びやすいとか糸を痛めやすかったのだろうか?
それとも、なんらかの信仰で、顔にさわることで利益があるというようなことがあって、顔の部分だけが汚れすり減り虫食ってしまったのだろうか?
 顔がある例を科学分析することである程度わかるのではないか?とも思っている。
  また、こういう収集家に愛されるものには偽作がつきものである。偽作や過剰な修理があるものがないかという点は注意が必要だろう。
posted by 山科玲児 at 13:16| Comment(0) | 日記