2017年10月05日

カタルーニャ独立


数日中に独立を宣言=スペイン・カタルーニャ自治州首相(BBC News)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171004-41494639-bbc-int

スコットランドもそうだったけど、独立後 EUに加盟するというプランでしょ。
ユーロも捨てるわけではない。
それならカタルーニャ独立をEUが支援したら、スペインがユーロ離脱EU離脱するという展開を予想します。
スペイン経済にとっては、この方がいいんじゃないかな。独自通貨ないと独自金融財政対策ができない。

スペイン人って、ドイツに膝屈したりしたくないでしょ。

posted by 山科玲児 at 08:34| Comment(0) | 日記

2017年10月04日

定武

定武真本1.jpg

最近、定武蘭亭(イメージ)というのを調べているんですが、

定武蘭亭の刻石自体発見されたのは、河北省の定州なことは確かでしょうが、

なんで「定武」??

どうも、定武軍節度使ってとこからでてきたみたいですね。




posted by 山科玲児 at 11:05| Comment(0) | 日記

突風

瞬間的突風で、ラックハンガーと洗濯物が飛んでいってしまいました。

どうも、ラックハンガーともども回収しにくいみたいで、諦め気味です。

posted by 山科玲児 at 10:31| Comment(0) | 日記

2017年10月03日

コルネットの名人

コルネットを自在に操って、素晴らしい楽器として再生させた、

コルネットの神::ブルース=ディッキー が ソプラノのアリアと共演している動画がありました。


コルネットは、声と良くあいますね。。

ブルース=ディッキー のサイトはこちらです。
Bruce Dickey

あのコンチェルト  パラティーノという管楽器アンサンブルがBruce Dickey主催なんですね。



posted by 山科玲児 at 20:28| Comment(0) | 日記

大仏頂曼荼羅


大仏頂曼荼羅detail2.jpg大仏頂曼荼羅detail.jpg

  今、奈良国立博物館に所蔵されているが、昔は昭電疑惑で有名な日野原家に所蔵されていた
平安末期の仏画がある。イメージは部分
http://www.narahaku.go.jp/collection/v-946-0_15.html#re_b

これはなんとなく気になっていたのだが、ある機会に奈良国立博物館で観る事もできた。
なかなか面白い不思議な作品だ。重文に指定はされているようだ。
 なんといっても、象や馬や 密教儀式用の道具が空中にぼおっと光を放って浮いているところが、面白い。
下は海で7頭龍と九頭竜が左右にでているところも面白い。
  なんというか、尊像というより、非現実的な空間表現が印象深い佳作だ。
 どうもこの大仏頂曼荼羅てのは、ちゃんとしたお経に基づいたものではなく、中国大陸?で独自に成立したもののようだ。ただ、儀軌にはあるらしく、白描図像集には収録されている。しかし、奈良国立博物館の絵のような良さは感じられない。

同じ大仏頂曼荼羅がボストン美術館にあるが、写真が不明瞭なこともあり、奈良国立博物館本のほうが良いようである。
posted by 山科玲児 at 09:56| Comment(0) | 日記

2017年10月02日

中の無い花輪

Seghers garland.JPG

Daniel  Seghers.jpg


 十七世紀ルーベンスのころから、花輪の中に、聖母子や肖像画を入れたものがあります。
イメージは、アントワープで活躍したダニエル  セーヘルスの作品で東京上野の西洋美術館にあります。
こういう作品は、大体、花輪と聖母子は別の人が描いた合作が多いようです。
ちょっと面白いのは、枠だけ花輪だけ描いて真ん中が空白になっている絵が結構残っているんですね。
上イメージ、これもやはりダニエル  セーヘルスの作品です。所在は、Sollingen, Garlie Mullemmeister

Image SOURCE: 
Marie-Louise Hairs
Hairs, Marie-Louise. Les peintres flamands de fleurs au XVIIe siecle. 2 dln. Bruxelles 1985.

2009年10月6日、パリのJacquemartAndre美術館で開催された、
 http://www.musee-jacquemart-andre.com/
ルーマニア シビウのBruckenthal Collection
http://www.brukenthalmuseum.ro/europeana_en/etajII/05.htm
展覧会で、こういう空白のある絵画を実見しました。
あまり有名な画家じゃなかったんですけど.
 ようやく、当時のカタログみつけたら、
  Gaspard Pierters Ier, Verbruggen(1635-1681) という画家になってました。

結局、外側描いた後で、それを別の画家に送って(売って?)、そこで、その上に聖母子や肖像画を描いて 顧客に納品するというようなことやってたんじゃないかな。


posted by 山科玲児 at 09:47| Comment(0) | 日記

2017年10月01日

ベートーヴェンと自動オルガン

Famous Organ Music from Europe.JPG

のなかで、

ベートーヴェンが、自動オルガンのために書いた曲が入っていた。

Beethoven Adagio Assai for Mechanical Clock WoO 33/1 
 ゆっくりしたテンポ


これは、モーツアルトが書いた顧客と同じ顧客のためのもののようだ。

若い頃のベートーヴェンの、佳作だと思う。

フルートとオルガン(ピアノでもよい)の編曲があるようで、これもいいなあ。

このCDでは、オルガン四手連弾でやっているのだが、近代的な大きな鍵盤の幅の広いオルガンでないと
二人坐る事はできないだろう。

かかし朝浩の音楽漫画 ムジカでは重ねて坐るという無茶をやっていたが、普通は並んで坐って連弾するだろう。オルガンの場合は鍵盤が多いことも多いしストップ調整もできるから色々やりようがあると思う。
ただ、十六、7世紀のオーストイゼンオルガンでは鍵盤が狭いから無理。。


posted by 山科玲児 at 14:59| Comment(0) | 日記

東大教授は怖い


Twitter>>
本田由紀 @hahaguma  東京大学大学院教授(教育社会学)
戦後日本を牛耳ってきた自民に強烈な打撃をくらわすには、同等にグロテスクな何かが必要。
 緑のおばさんにはそのための鉄砲玉としての役割だけを存分に果たしてもらう。
でも政策能力はゼロか極右という点でマイナスなので、選挙が終わったら可及的速やかに消えていただく。
その時のために力を溜めて。

 2017年9月28日07:25
>>



なんか、怖い教授だな。
いわゆる砕氷船テーゼ(スターリンが言ったかどうかは疑問があるが、別に用語としては使用可能だろう)
を企んでいることを、バラしてどうする。
そうなると、「希望の党」には、2009年 胡錦濤主席に 「人民解放軍の野戦司令官」と自称した小沢一郎が絡んでいるから、小池劇場の一部は小沢を通した大陸からの国際謀略かもしれないなあ。
posted by 山科玲児 at 12:01| Comment(0) | 日記

水松石山房の残り


10月3日に香港のササビーズオークションで 水松石山房 蔵品オークションがある。
http://www.sothebys.com/en/auctions/2017/water-pine-and-stone-retreat-collection-treasures-hk0746.html
これは、英国のヒュー=モスの売り立てで、もう四回目ぐらいである。
2011年にヒュー=モスのことは書いておいた。
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/47430072.html
さすがに、もう残り物という感じで、それほどめざましいものはないようだ。

八仙の瓢箪ぐらいかな、強いていえば。

去年:の売り立てでは、乾驫の瓢箪ボウルという面白いものがでていたのだが、、

田黄なんて称した印材もあるけど、田黄の鑑定はとても難しいからなあ。
実物みてもわかるかどうか、、、

 
posted by 山科玲児 at 08:26| Comment(0) | 日記

2017年09月30日

罵る技術


一週間ほど前だが、朝鮮民主主義人民共和国の
 金正恩朝鮮労働党委員長の声明全文
http://www.sankei.com/world/news/170923/wor1709230011-n2.html
というのがあったが、罵倒する表現の豊かさには感心した。
例えば、「彼は明らかに政治家ではなく、火遊びを好むならず者、ごろつきだということで間違いない。」なんて表現は見事であり、模倣したくなるくらいだ。

勿論翻訳であるから、どこまで原語の感じを再現しているのかどうかはわからないが、感銘を受けた。
というのも、日本語は、罵倒非難誹謗の表現に乏しいように思うからである。こういう優れた「罵しる技術」が発達していない。勿論、金正恩の原稿はゴーストライターなのかもしれないが、戦争中の日本の新聞でもこのようなすざましい罵倒表現はなかったように思う。

日本人は、罵倒の長い応酬に耐えることなく、剣を先に出してしまう。黙って切ってしまう。あるいは逃げてしまう。
日本人同士だと、あいてがキレる間合い・空気が読めるから妥協が成立するのだが、こういう外国人の場合は、まだ罵倒の応酬だと思っていたら、真剣勝負になっていたということになって、相互に問題がでてしまう。

どうも、こういう文化の違いが日中戦争の平和交渉の傷害になったこともあるのではなかろうか。
朝鮮半島の「声闘」だけでなく、大陸でも、
>スミス  支那的性格 第22章 1894年
   支那人の喧嘩は罵りあいの口論だ。
 >
ということだから。

 これについては、良い解決策はたぶんないのだから、福沢諭吉の「脱亜論」のような諦観になるしかないだろう。

posted by 山科玲児 at 16:20| Comment(0) | 日記