2017年12月06日

朝鮮戦争は終わっていない


 朝鮮有事が懸念されているこのごろだが、大義名分の領域で皆が忘れているが突然もちだされそうな事実がある。

・朝鮮戦争はまだ終わっていない
・朝鮮戦争のための国連軍は解散していない。
・米軍は国連軍として行動できる。
・韓国は戦争中である(休戦協定にすら参加していない)。

60年もほったらかしになっていたので、関係者も逝去されているし、皆忘れていることだが、これらは現在でも事実である。

平成27年7月28日  参議院会議録
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/189/0192/18907280192003a.html
> 朝鮮戦争、これはまだ終わっていません。朝鮮戦争はまだ終わっていません。終戦ではなくて休戦です。今、休戦状態のまま、正規兵だけで北朝鮮が約百四十五万、韓国が約六十五万、これがにらみ合っている状態で、その間に朝鮮戦争の国連軍が割って入っているという状態であります。朝鮮戦争の国連軍の後方司令部は横田基地にあり、日本の七つの米軍基地に後方基地としての機能というものがあるために、国連旗が日本の国旗とアメリカの国旗とともに立っています。これが現実です。
>

外務省:朝鮮国連軍  地位協定
>横田飛行場に所在する朝鮮国連軍後方司令部には,ジャンセン司令官(豪空軍大佐)他3名が常駐しているほか,8か国(豪,英,加,仏,トルコ,ニュージーランド,フィリピン,タイ)の駐在武官が朝鮮国連軍連絡将校として在京各国大使館に常駐している。

  名目的:大義名分的なものが大きいが、第2次イラク戦争のような、全くの言いがかりの強盗的な戦争より、よほどハードルが低いことは確かだろう。

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2017年12月05日

ホワイトハウスのクリスマス

米国  ホワイトハウスのクリスマス  ディスプレイ 動画がありました。

2017 Christmas Decorations at the White House - YouTube

ただただ、綺麗ですね。 リースって、こういうディスプレイするのかって思いました。

マライア  トランプ夫人も、こういう仕事が、なんか一番ぴったりはまっているように思います。

ソウルの南、龍山米軍国連軍基地に降り立ったときは、死の天使か修道女みたいなファッションだったからなあ。

posted by 山科玲児 at 20:02| Comment(0) | 日記

大正時代の食堂車


食堂車メニュー 大正1ss.jpg食堂車メニュー 大正2ss.jpg


大阪阿倍野の南田辺駅前にある 大阪郷土史、考古発掘報告、古文書などが得意な黒崎書店の目録をいただいた。

黒崎書店

今回の目録で、おやと思ったのは、

大正時代の食堂車のメニューである。 購入したわけではないのだが、図録でみて印象が深かったので紹介させていただく。

デザインが全体にモダニズムで、なかなか良いし、

精養軒の広告文「御退屈凌ぎに、どうぞ食堂をご利用ください」 というのも、なかなか良い。でも「只今、食堂がすいております」はどうなのかなあ、、

「みかど食堂」のほうをみると、当時カレーライスといっていたんだね。ライスカレーじゃなかったのか。。

昔の駅弁や食堂車の資料を 集めたサイトもネットでみつけたので、勝手ながら紹介させていただきます。

列車食堂みかど[駅弁の小窓]





タグ:食堂車
posted by 山科玲児 at 17:56| Comment(0) | 日記

2017年12月04日

ピアノとドメニコ=スカルラッティ


 メトロポリタン美術館が所蔵する1720年製のクリストフォリピアノ(ただし修理が多く響板は取り替えられているらしい)で、ドメニコ=スカルラッティDomenico Scarlatti (1685–1757)の作品を演奏している メトロポリタン美術館が作った動画があった。

  ポルトガルの王女にして後のスペイン王妃バルバラ・デ・ブラガンサQueen Maria Barbara de Braganza  に仕えたドメニコ=スカルラッティの作品は、ピアノでもよく演奏されてきたが、こういう初期ピアノはとてもよくあっていて、チェンバロでの演奏よりマッチしているようにきこえる。
 ポルトガルの王女バルバラ・デ・ブラガンサは、なんと5台もピアノをもっていたという。勿論チェンバロももっていた。王女バルバラが10歳のころ、ピアノの発明者クリストフォリは逝去しているが、王女の叔父がクリストフォリを知っていたようなので、そういう線だろうか。
 いずれにせよ、ドメニコ=スカルラッティの作品はチェンバロだけではなく、このような初期ピアノむけに作曲されたものが多いという証拠になる事実である。

  ドメニコ=スカルラッティの曲が、ロマン派以降の歴代のピアニストに愛され、演奏されてきたのは、もともとピアノ用に作曲されたものが多かったということが原因だろう。
  ブラームス、フランツ=リスト、ショパン、グラナドス、バルトーク、ミケランジェリ、ホロヴィッツ、ギレリス、クララ=ハスキール、グールドなど、そうそうたる人々がドメニコ=スカルラッティの曲を演奏している。
 クララ=ハスキールの演奏
  CLARA HASKIL SPIELT DOMENICO SCARLATTI
    https://www.youtube.com/watch?v=277kOiSj8QQ

 一方、クープランの曲は、あまりにもクラブサンに特化しているので、ピアニストにはあつかいにくいものだった。バッハの平均律がピアニストに教科書にされたのは、バッハの息子エマヌエルの教科書がベートーベンのころまで使われていたことと関係があるのかもしれない。チェルニーの回想によるとベートーベンが弟子にピアノを教えたときの教科書はエマヌエルの本だったそうだ。エマヌエル自身の曲は初期ピアノでないと面白くない曲が多いから、相当ピアノに親しんでいたのだろう。

  近年の古楽復興で、チェンバロ=クラブサン=ハープシコードでドメニコ=スカルラッティの曲を演奏することが正統とされてきたが、かなりの曲については間違いで、 多くの曲については、むしろ初期ピアノが正統だと思う。

 ちょっと変わったところで、昨年逝去された天才論理学者・数学者・哲学者・手品師でもあったレイモンド=スマリヤンの演奏を紹介しておく。
https://www.youtube.com/watch?v=F_aA0AQ7dLk


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2017年12月03日

動くカナレット



オークション会社;サザビーズの広告なんですが、

  販売するヴェネチア  カナレット派の絵画をアニメにしたものを作ったようで、これがなかなか楽しいものです。
A Grand Tour of Bellotto and Canaletto’s Venice
https://www.youtube.com/watch?v=XjZISteGlss

  カナレットの甥のベロットの絵とカナレットの絵を動かすというものです。
マドリードのティッセンにはカナレット風の絵がかなり展示されていましたが、かなりが別人の作品とされていたので、驚いた経験がありますので、世の中に多数ある、特に英国に多いカナレット作品は、カナレット派の作品が多いのではないか?と疑っています。

この動画
mixi で教えてもらいました。

    これって、どこかで観た発想だなあ、、と思ってたら、昔からやっていたのは、台北の國立故宮博物院で、清院本清明上河図とか文徴明の絵とかをうごかしてました。今は十二月令図を動かしているようです。



posted by 山科玲児 at 12:13| Comment(0) | 日記

伎楽面の公開


伎楽面 ガルーダ.JPG伎楽面 酔胡従.JPG

にいったとき、伎楽面(イメージ)の公開ルールが変わったことを知りました。

今は、一年中、金・土に限って公開することにしたそうです。
エアコンが完備してるからかな。

7世紀に遡る結構大きな木の彫刻がこんなに気軽に鑑賞できることは、有り難いことですね。

イメージソース:: 美術選集、美術選集刊行会、光村美術出版蔵版、昭和2−4年::写真著作権消滅済み


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2017年12月02日

インドの神殿舞踏

 有線放送で、ときにはインド古典音楽を聴くことがある。パーカッションがあるのものはいうまでもないが、そうでないものでも、やはり、舞踏を前提にした曲なんだろうなあ、と思うことが多い。日本の雅楽と同じで序破急でだんだん速くなっていく曲が普通なんだが、中盤以降では手や指を動かしたくなるような調子の良さがある。

 インドの大衆映画のフィナーレでは、登場人物が全部でて踊り出すというのが定番だそうだが、やはり舞踏をアトリビュートにしているシヴァ神の民なんだろうなあ、、と感じている。

  で、昔、動画でみた、神殿の中でシヴァ神に捧げる舞 を観たいと思ったが、どうも検索できなかった。

 それとは、ちょっと違うが、オリッサ派の舞踏で、神殿の前で演じられた、ヴィシュヌ神の十の化身を表現する神殿舞踏の動画があったので、紹介しておく。

Jai Jagdish Hare -Odissi Dashavatar by Bithika Mistry from Geet Govind of Jaidev

  やはり、多様なムドラーを駆使していて、舞踏と仏像の手印にはなんらかの関係があるのだろうなあ、、と感じた。


posted by 山科玲児 at 09:59| Comment(0) | 日記

御譲位は歴史的伝統

今上天皇陛下の御譲位について、

「天皇陛下は崩御されるまで天皇であるというのが、日本の歴史だ」
というおそろいくらい無知蒙昧な意見が識者??にあるということを、もれきいて驚いた。

 これほど歴史に無知な人間が「識者」面しているとはなさけない。あるいは無知な政治家の発言だったのだろうか。

  まず、南北朝の混乱が終わった第100代 後小松天皇以降今上天皇陛下までの二十六人のうち、十三人が生前に御譲位あそばされている。半数であり、御譲位のほうがむしろ伝統である。江戸幕府の意向などが強い時代を含むからという異論もあるだろう。

 それなら皇室の力が比較的強く、皇室内で権力争いをしていた、飛鳥奈良平安前期:推古天皇から宇多天皇までみてみよう、、二十五人(齋明皇極女帝と孝謙称コ女帝は同一人だから)中、十三人が御譲位あそばされている、半数以上が御譲位を実行されている。

つまり、「譲位こそが伝統」である。

 西欧の王室の伝統を明治期に無批判にとりいれたために「崩御するまで天皇で在り続ける」という固定観念になってしまったのではないか。皇室にも日本の伝統をとりもどさなければならない。

 平安時代の物語など読むと、譲位など日常茶飯、数年で譲位するのが当たり前、という感じである。
まあ、これはちょっとやりすぎの感はあるが、、

posted by 山科玲児 at 07:03| Comment(0) | 日記

2017年12月01日

画家の盛期と老年





六本木の泉屋博古館 分館(東京)
https://www.sen-oku.or.jp/tokyo/program/index.html
  今回、でた徐の花卉雑画図巻が2巻き並んでいた。東京国立博物館所蔵のものと泉屋博古館所蔵のものだ。 部分の開陳だったから全貌というわけにはいかなかったが、比較できるということでは一生の間に何度もない機会だった。。

  晩年窮迫の時代の作品と最盛期の作品ではやはりかなり違うものだと思う。泉屋博古館所蔵の方の、七十歳の晩年作品にはなんとなく、貧しさ荒れた余裕のない感じが漂っていて持病があるのかとさえ感じさせる悽愴な気分が絵から漂ってくる。
  一方、東京国立博物館の 五十四歳の最盛期の作品(イメージ)はおおらかで自信にあふれたもので、実際 徐自身の跋で「タルキのような大巻に」といっているような長い巻子であり、大作傑作である。

    東京国立博物館の作品は、戦前、相当高価なものだったらしい。1909年春に上海に売りにでたとき、相当な収集家の陶實 1877- 1951 が「値段が高すぎて買えなかった」と、写真だけを得て作った影印本の跋に書いているからだ(イメージ)。 この陶氏は、出版界にいた実業家だったようで、かなりの収集家であるが、たまたま懐が寒かったのだろうか。あるいはまだ32,3才だったから資金がそれほどなかったのかもしれない。


posted by 山科玲児 at 04:38| Comment(0) | 日記

2017年11月30日

神戸と王献章



東方書店の宣伝雑誌 「東方」441  2017年12月号に 掲載の、
日本所蔵の明清絵画、二つの視点から  板倉聖哲(東京大学東洋文化研究所)
清代の画家:王献章について、江戸時代に伝来して影響したということばかりを書いている。
それはこの文章の趣旨としてはもっともであるが、当方は別の視点から書いておきたい。

実のところは、日本に王献章画が割と多いのは、廉泉というコレクターが王献章画を多数含む所蔵品をもって日本に来たからである。
しかも廉泉は大正4年から、神戸に3年ほど住んでいた(その後、東京小石川に移ったようだ)。コレクションを日本で展示販売していた。扇面の大規模なコレクションをみせている展示施設があって、それを、扇面館と呼ばれていたようだ。
当時の住所は、神戸市山本通三丁目百十八番ノ五

今、北野ホテルやモスクのある、洋館が並ぶ山の手の高級住宅地である。

廉泉の奥様が、また学者で、呉芝瑛という人ですが、革命家 秋キンとの関係でも
有名である。顔がわかる写真を2014年12月に紹介しておいた。

今回、泉屋博古館別館(六本木)で展示された扇面集も廉泉の小萬柳堂コレクションである。それは大きな所蔵印があったので間違いない。
六本木の泉屋博古館 分館(東京)
https://www.sen-oku.or.jp/tokyo/program/index.html

  王献章の絵画そのものを、私は高く評価している訳ではないが、事実関係として、少し注釈しておきたかっただけである。

posted by 山科玲児 at 08:09| Comment(0) | 日記