2018年06月27日

六田知弘氏  写真展

知人の写真家の六田さんが、
伊豆の 池田二〇世紀美術館で  個展をやります。
「壁ーヒミツノアリカー」
6月28日〜10月9日 
https://www.nichireki.co.jp/up_pdf/20180605162812_f.pdf (美術館のサイト  告知)

壁画の写真と壁そのものを撮った写真だそうです。
posted by 山科玲児 at 17:00| Comment(0) | 日記

サワークリーム

サワークリームss.jpg

チェコ出身のスメタナという作曲家がいる、
このスメタナってのは、ロシア語ではサワークリームという意味だという。
近年、ロシア料理の本を読んで知った。しかしさあ、、「サワークリーム」という名前って、なんかバンドの名前ならともかく、どうなんかなあ。。。
posted by 山科玲児 at 06:54| Comment(0) | 日記

「一時差し押さえ免除」法

2018年06月22日
大高麗展と「一時差し押さえ免除」法
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/183606406.html
で、触れた 「一時差し押さえ免除」法ですが、、

文化庁には、
差し押さえ免除
なんか、結構  多くの展覧会で 申請してんだね。

  アルチンボルド展の場合をみると、やはり、個人コレクションからの出展のものが申請してありました。また、今は九州国立博物館でやってるルノワールやセザンヌのビュイール・コレクションについても、まあ個人コレクションですから全部申請しているようです。

ただ、公共美術館所蔵のものは、申請しなくても

2009年4月24日に制定された「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」により,我が国において展示される外国等【外国政府(国,政府機関),自治体(州)等】の有する美術品等に対しては,日本の裁判所は,強制執行,仮差押さえ及び仮処分等をすることはできないこととなっています。

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/minjisaibanken_menjo/
なんだから、多くの美術館は、申請はいらないんだけどな。
美術展 関係者はよく知らないのかな。ねんのためとかいうのじゃないかな。それとも私立美術館あつかいになっている場合は、しないといけないということだろうか?

ただ、よく考えたら、メトロポリタン美術館は、ニューヨーク市から援助うけてるとはいえ、建前としては私立美術館だし、ボストンもそうなのかもしれないなあ。そういう事情で申請になってるのかもしれない。しかし、そのせいか申請書類がカタログ並に大きくなっているのがあるようです。PDFで55MBとかね。
posted by 山科玲児 at 06:49| Comment(0) | 日記

2018年06月26日

「高麗仏画」は最近作られた概念

fenolossa 3 freer.jpg



高麗仏画には、

日本伝世の作品の殆どが、中国元時代の作とされるか、または「君台観左右帳記」に中国・宋時代の画家と記されている張思恭の筆になるものとして伝えられてきた[ref1]。

という経緯がある。

実際、例えばフェノロサの遺稿を本にしたEpochs of Chinese and Japanese Art(ref2)
の、第1巻 120Pには、宋時代の中国絵画(唐の閻立本の原本の宋時代模写という伝承作)として、現在なら絶対高麗仏画とみなすはずの観音像(イメージ)が図版になっている。
"Famous Kawannon Parobably a copy of Enriuhon by a Sung Master. Mr. Charles L. Freer "
これは、フリーアの所蔵になっているので、今 ワシントンにあるかもしれない。

また、1933年の朝鮮総督府博物館「博物館列品図鑒 第5輯」では、たった30cmぐらいの金属板に描いた飛天の彩色画をあげて「高麗時代の絵画として最も良く保存せられるものとす。」と称揚している。ということは、現在「高麗仏画」とされている絵は、全く知られていなかったか、中国絵画だとおもわれていたのである。
1973年の新潮 世界美術小事典(雑誌版)にも、「少数の仏画以外にはこの時代の絵画はほとんど残っていない」
と書いてある。
 従って、高麗仏画という概念そのものができたのは戦後、それも1960年代以降ではないか?と推定される。ここ半世紀ぐらいで再認識された分野なのである。

 李奉勲(ref3)によると1967年の日本人 熊谷宣夫氏の著作「朝鮮仏画徴」が中国絵画とされてきた「高麗仏画」を高麗のものであるとした比較的早い研究だという。
展覧会としては、大和文華館が熱心であった。1973年の展覧会図録(ref4)でも、高麗仏画を、現代と同様に正当に位置づけて解説している。

いずれにしても、なんで「中国絵画」とみなされてきたんだろう。一つには、当時 元の属国になってしまっていた高麗が元の年号を使っていて題記に「至大」とかいうような元の年号を入れていたので間違いやすかったことと、様式的にも元の仏画と大きな差がなかったこと、そして、おそらくは、中国人商人が売りにきたからではなかろうか?
 この時代の人々でも、道具(むかしの美術品や工芸品への呼び方)の生産国の無茶な間違いはやっていないと思うので、やはりなんらかの理由があるのだろうと思う。

次に、こういう高麗絵画の日本への渡来について
「和冦による略奪品」という、証拠もなにもない決めつけをしている連中がいるようだ。
かなり色々な資料がある鏡神社の大きな「楊柳観音像」について
韓国人らしい 李氏が研究した論文(ref3)が公開されている
まず、この絵は高麗王室関係の人が寄進者になって1310年ごろに制作されている(絵の銘文による)。
絵の横の書き付けよると、日本の僧「良覚」が寄進を集めてこの絵を購入し、その弟子「良賢」が鏡神社の一坊に寄進したのが1391年である。
 この1391年というのがくせもので1393年には高麗は滅び李氏朝鮮が建国している。その前、1374年には王が暗殺され、王子が擁立され、さらにその王子が追放されて新王が擁立されるなど騒然としていた。4人の王が擁立・廃立されている。これは高麗政府の中で, 朱元璋の明につこうという明派と、1368年に北京を放棄したが、満州・甘粛・雲南まで勢力をもっていた北元につこうという元派が激しい抗争をやっていた。このような内乱状態のなかでは、王室関係の寺院でも安全ではなかっただろう。

そのような国内状態のなかで流出し、中国商人が日本に売りに来たのだろうと推定している。
実際、明末清初の動乱時代に日本に流出した中国書画文物も多少あるから、
大陸の動乱→ 日本への流出というのは繰り返されているのではなかろうか

ref1.大和文華館、 高麗仏画展図録、 1978年10月18日
ref2. Ernest F. Fennollosa, Epochs of Chinese and Japanese Art,Volume 1st  of 2vols, 1913(1st ed. 1912) 
ref4. 大和文華館、朝鮮の絵画、1973
posted by 山科玲児 at 08:58| Comment(0) | 日記

2018年06月25日

ホームズ親子対決

シャーロック・ホームズの災難.JPG

このパロディ・パスティーシュ集の下巻に、

A.E.P. 作 シャーロック・ホームズの破滅
The End of Sherlock Holmes (1927).

というのが、収録されている。ホームズの3歳の息子(神童)が親をどん底においつめてしまうという抱腹絶倒のショートショートなんだが、誰が書いたかわからないらしい。この下巻では、これが一番面白かった。

英国の
"The Manchester  Guardian" issued of July 7. 1927 に最初に掲載され、

米国の
"The Living Age" issue of Augst 15, 1927
に転載された。

となると、英国人の作品なのかなあ。。

あまり面白かったので、ここだけコピーしてしまった。
  この下巻だけは、やや稀覯のようで、不当に高い値段がついているからでもある。ちなみに、この選集の英語版は、ドイルの遺族の逆鱗に触れたせいで絶版になってしまい、一時は稀覯で日本語訳だけが流布していたという妙な状態だったらしい。今はKINDLEなどもあるそうだ。


翻訳のせいかもしれないが、このエラリークイーン編集の選集は、ジューン・トムスンの作品ほどキレのある香りの高い作品は、あまり入っていなかったのは残念だ。

記憶に残っているのは、上巻のクイーン自身の作品:ジェームズ・フィリモア氏の失踪と
下巻のこの作品ぐらいである。

posted by 山科玲児 at 17:22| Comment(0) | 日記

2018年06月24日

パイプオルガンは一人では演奏できない

UNICORN Hear.JPGPaul_Hofhaimer.jpg



昨日、
2018年06月23日
人力オルガン 続

を書いたあと、なんとなく考えていたのは、
電気送風機のなかった20世紀以前では、パイプオルガンは一人では演奏できない楽器だったということです。
小型の机におけるような中世のオルガン(イメージ15世紀)でも、やはり横で助手が助けないと両手では演奏できなかった。 右のモノクロ版画は山車の上で演奏するパウル・ホーフハイマー(1459-1537?)、やはり右に助手がいる。 

小さなオルガン(オルガネット)を持って演奏するときは右手(利き手)だけ使う演奏になってましたね(Vicensの演奏動画Youtube)。

1人で、いきなり演奏できるヴァイオリンとかクラヴィコードとかハープとかフルートとかいうのと比べると、これは大きな差ではないかと思います。なんというかな、本番にしか使えない公的な楽器という感じがするんですね。目覚めたとき素晴らしい楽想がひらめいたので、すぐ弾いてみるというわけにはいかない。。これは楽器の性格やオルガン音楽の性格をかなり規定するような気がします。

J.S. バッハのようなオルガニストは、自宅ではクラヴィコードやチェンバロで楽想を練ったりしていたらしいんです。
この1人では演奏できないというパイプオルガンの性格は、色々な意味で興味深いものがあります。

そう考えると、足踏みのリード・オルガンというのは結構画期的な発明だったんだな。まあパイプ・オルガンとは音を出す構造自体がかなり違う(ストップで選べるパイプによっては同じものであることもありえます、なんかかなり変なものをストップの変更で鳴らせるオルガンもありますので)ので、一人で演奏できるパイプ・オルガンというわけではありませんので、なんともいえませんけどね。


posted by 山科玲児 at 07:49| Comment(0) | 日記

2018年06月23日

トッカータとフーガ in ペテルスブルグ

ロシアワールドカップにちなんで、ちょっとロシアねたで。。

2011年06月08日
トッカータとフーガ ニ短調

で、 J.S.Bach  トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
が、原曲は、J.S.Bachの無伴奏ヴァイオリン曲であったらしいこと、

また、
で、色んなヴァイオリニストが挑戦していることを書いたが、

ロシアのヴァイオリニストによる

イメージ・ビデオというかプロモーション動画が公開されていることを知った。
Sergey Malov plays Bach Toccata - YouTube

これは、ペテルスブルグで撮影したらしいが、異常なくらいペテルスブルグ的であり、モスクワでは無理であろう、キエフでもウイーンでも、ベルリンでもなんか違うという感じになるだろう。ヴェルサイユやブリュージュやヴェネチアでは論外だ。なんかプロシアのサンスーシーという感じもしないでもない。

ロシア帝国後期時代、フランス語で上流階級は会話していた時代を彷彿とさせるものである。

続きを読む
posted by 山科玲児 at 19:09| Comment(0) | 日記

人力オルガン 続

UNICORN Hear.JPG


2018年06月18日
人力オルガン
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/183569834.html

>小さなオルガンの場合は人力を残してもいいと思うんですけどね。。

と書いていたんですが、人力オルガンってのは、結構あるようです。なんと新しくつくったオルガンでも人力にしてるとこがあります。

  まず、一番素朴なのは、イメージの15世紀のタペストリー(貴婦人と一角獣:パリ  国立中世美術館(もとクリューニー美術館))のような小型オルガンです。イメージは修理前の1920-30年代の姿なので少し汚い感じですが、貴重なものです。 これは机の上にのせて演奏してますが、侍女が後ろでフイゴをおしているようですね。両手で演奏してますから。。

 これより小型のもので、左手でフイゴを押し、右手で鍵盤を弾く、アコーデオンみたいな演奏やってるのがあります

カテリナ・ヴァンスの演奏
https://www.youtube.com/watch?v=Uk4iVold0eU

まあ、これも復元制作楽器ですから、新しいといえば新しいのですが、こういう小さな楽器には電気送風機はつけませんよね。。。そういや、昔、小学校にあったリード・オルガンは足踏み式のふいごが風力源となる人力でしたしね。

もう少し大きいのが、先述したスイスのフリブールのオルガンで、これは帯を引っ張ってますね。

なんか、面白いのが、ベルギーのルーヴァンにある小型のオルガンですが、実はイタリアの古いオルガンで横で女性が紐をずーーと引っ張っり続けています。これ、結構重労働っぽいですね。メカニズム的によくないんじゃないかなあ。。

さらに大きい例で、フイゴがちゃんとみえるのは、
デンマークのお城 Frederiksborg Palaceにある、昔から有名なコンペニウス オルガンです。これは1610年、17世紀初頭ですから、かなり新しい!?んですが、ほんとに昔から有名でした。LP時代から各種の録音がありました。
  ここにあげるのは、お城を観光するノリで撮った動画みたいで、アメリカ人っぽいCarol Williams の演奏もいまいちなんですが、裏方の助手の少年や、フイゴや重石がよくみえるので、この動画をだしてみます。Wikiで調べたら、Carol Williams は、英国生まれですが米国での活躍のほうが長いみたいですね。カンがあたった感じです。

Dr. Carol Williams on the 1610 Compenius organ, Denmark - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=oNX0gOTLWDo

この動画の、1:50--2:10  のところで、助手やメカニズムがよくわかりますね。紐がすべらないように結び目をつけてあるのが印象的でした。

  もう少し大きくもう少し古い1565年のイタリアのオルガンを紹介します。
 マントヴァの聖バルバラ  バジリカにあるアンテニャーティ・オルガンです。扉には豪華なバロック初期ルネサンス末期、トリエント以降の風味の受胎告知が描かれています。かなり優れた構図のようにみえますから、誰の絵かな、近くでみたら下手で見るに堪えないのだろうか?とか、いろいろ考えてしまいます。。

  このオルガンでは、床においた大きな3つのフイゴがみえ、紐をひっぱっていますね。なんとなく、フイゴのところは、真新しいので、新しく修理し作り直したのではないかと思います。こういうところは真っ先に壊れやすい部分ですからね。

Organo Graziadio Antegnati 1565 - Santa Barbara - Mantova - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Q-xtMd20b14

最後に、現在つくったオルガンで、人力構造でつくったオルガンの例を示しておきます。
これは、アムステルダムの オルガン・センターみたいなところにあるもので、ユトレヒトのニコライ教会にある古楽器(1479創設ですが17世紀18世紀に大幅増設したますからバロック・オルガンですかね)
http://mypipeorganhobby.blogspot.com/2009/11/utrechtse-nicolai-orgel-1479.html
をコピーしたものですが、人力フイゴを使います。全て真新しいものですが、人力です。動画の最初に操作してる人がでてきます。

Het Van Straten-orgel 1479/2012
https://www.youtube.com/watch?v=0GPm-SI_tDk

こういう動画を、みてると、思い出すのが
17世紀の有名な作曲家・オルガニスト  ヨハン・ヤコブ・フローベルガーの逸話です。

>旅行中、食い詰めたフローベルガーは、教会のフイゴ係に雇われたのですが、演奏中におもっきり下手にフイゴをやったので、オルガニストが怒ってフローベルガーのところにきて、「こうやるんだ、このうすのろが」と模範をしめしたところ、フローベルガーはオルガニスト席へ走って、見事な即興演奏をやったので、ヤンヤの喝采。就職先が見つかった、、
まあ、逸話でしょうけど、逸話には、オルガニストとフイゴ係の位置関係、など当時の現実が反映されてますからね。。


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2018年06月22日

大高麗展と「一時差し押さえ免除」法


 これは、レコードチャイナの記事
韓国に貸したら返ってこない?世界各国が韓国への「文化財レンタル」を拒否=韓国ネットが反発

を中心にして情報収集したものである。もとは東亜日報の韓国語記事らしいが、もとになる記事にアクセスしようとするとマルウェアやウイルスが襲うようなので、あぶなくてコピー+機械翻訳すらできない。日本語なり英語なりに翻訳された記事から読み解くしかない。しかし、これは海外に文物・美術品を貸し出す場合、また借りてきて展示する場合、重要な問題を多く含んでいることなので、あえて論じることにする。

ソウル国立中央博物館で、高麗建国1100年ということで大高麗展を12月に開催する予定だという。
そのため、高麗の文物を海外から借りようとしたとき「一時差し押さえ免除」法律を要求されてもめているようである。最初はフランスから「直指心体要節」を借りる交渉をしたときに、もめ、結局法律がないと貸し出さないということになっている。

>世界で金属活字で刷られた最も古い本で、フランスに保管されている『直指心体要節』(1377年刊行)
>1886年にフランスの外交官として韓国に赴任したコラン・ド・プランシ(Collin de Plancy)が購入して自国に持って行ったもの

を借りる交渉が頓挫したということである。しかし、この「保管されている」というのは、翻訳の誤りでなければ、悪意を感じる文章である。普通は「所蔵されている」であろう。「保管されている」というのは、「日本なり韓国なり米国なりの個人/団体の所有であるが、今はフランスの図書館に一時的に預けられている」という意味である。こういうことを、Biblioteque Nationaleに言ったら、そりゃ物別れになるだろうなあ。。

 まあ、ここでつまずいていたら、一歩も進まないので、次にいく。

 また、台北國立故宮博物院から高麗とほぼ同時代の宋の文物を借りようとして、この法律がないというので断られたようである。 しかし、これは当たり前で、台北國立故宮博物院はいつもそうだ。例外はない。
  実は、日本がこの法律と同等な「海外の美術品等の我が国における公開の促進に関する法律(海外美術品等公開促進法)」を作ったのも。台北國立故宮博物院の日本での大規模な展覧会をやるためだった。
をやるために法律を作ったのである。長年、この立法に尽力していたのは古屋圭司衆議院議員である。
 台北國立故宮博物院の場合、中華人民共和国や中華人民共和国/中国共産党の意をうけた団体が「日本の裁判所」に「差し押さえ命令」依頼の裁判をおこしかねないという危惧があったからである。したがって、台北の海外展は、「一時差し押さえ免除」法律があるところに限っていた。ドイツ展のときも、事前にドイツ議会が法律を作ってから初めて実施できたのだ。
 韓国でも、さっさと法律をつくればいいのに、議員立法しようとしたら、議員や市民団体が反対してできなかったらしい。
  これでは、借りてきておいて「差し押さえする」下心があると思われてもしょうがないだろう。

  日本にも「高麗仏画」のレンタル依頼が来ているようだが、最近、盗難文化財を返却しないでいいという韓国の裁判所の判決がでたため状況が最悪になった。所蔵者にとっては「貸したらもどってこない」可能性が大きくなったわけである。最低でも「一時差し押さえ免除」法律を韓国でつくらなければ、無理だろう。
 しかし、ここでも、翻訳の誤りかもしれないが、

>日本にある高麗仏画を韓国に運び込むことを提案した。

なんて文章がある。「運び込むことを提案した」とは、全くひどい言い方だろう。普通は、「貸し出しを依頼した」だろうに、もし本当にこういう言い方をしたとしたら、いくら文化庁の役人でも顔をゆがめただろう。そして慇懃無礼な対応をしただろうと思う。


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2018年06月21日

ワールドカップは町興し?


 ロシア・ワールドカップの日本VS コロンビア が

 サランスク という聞いたこともないような町で行われて不審に思った人は多いだろう。

 モスクワでもレーニングラードもといペテルスブルクでもなかったの??
JFAの公式サイトをみると、、

サランスクだけではない。なんか知らんような名前の町、第二次世界大戦で激戦地になったような町の名前が、どっさりでてくる。
ボルゴグラード(スターリングラード)、カリーニングラード、ニジニ・ノヴゴロド、エカテリンブルク、カザン、ロストフ、サマーラ

カリーニングラード(いにしえのケーニヒスブルク)なんか完全な飛び地なのに開催地になっている。
クリミアが入ってないのは、さすがに遠慮したか。。という感じだ。
また、ドイツ・チームをボルゴグラード(スターリングラード)で試合させるってことはしてない。まあ、そりゃ忖度するだろうね。カリーニングラードも避けてる。。

どうも、モスクワ、ペテルスブルク、ソチやウラジオストクなど、大都市・近年大開発した都市以外の都市・地方開発の一助にして、1極集中を緩和し、地方と大都市の差をなだめるプーチンの政治的配慮が相当あるんじゃないかなあ。。



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