2015年06月01日

重美の流出

嘉カ八景NPM.jpg

嘉カ八景NPM2.jpg

 中国絵画史の重鎮、元末四大家の 呉鎮(1280-1354)、浙江省の嘉興にいた人なので、地元の名所を描いた図巻が残っています(イメージ)。
嘉禾八景
http://www.npm.gov.tw/exh95/painting9501/selections.htm
これは、羅家倫 羅志希 ( 1897--1969 )という人が台北國立故宮博物院に寄贈したものですね。
ところが、これはもと日本にあったもので、日本の重要美術品に指定されていたはずなんですがね。
下のイメージが日本で撮影された写真図版::

芸術新潮_嘉か八景 呉鎮.JPG

重要美術品は輸出:海外持ち出しには政府の許可がいるはずですから、輸出許可をとったのか。それとも不法持ち出しか?
 ただ、当時1970年頃に、「これは後世の模写本」という意見があったようですね。そのために流出が起こった可能性は高いと思います。模写本かもしれませんが、もっといい模写本は残っていないので結構貴重だと思うんですけれどね。もっとひどい呉鎮の絵が、2006年上海での、書画経典:故宮博物院上海博物館中国古代書画精品展にでてましたからね。
 この「これは後世の模写本」という評価は、日本の昔の中国画研究者が色々な絵画についてしょっちゅういっていたのです。これは多分に「保身」じゃないかと思ってますね。「本物」といってあとで「模写本」だとされると「失敗」とされて「実績が下がる」とされるのかな? 

 ドイツの博物館人で、初期フランドル絵画・ドイツ絵画の偉大な研究者偉大なマックスことマックス フリートレンダー(Max Jacob Friedlender)の味わい深い言葉があります。 
> 否定者は肯定者よりも程度が高いと自分でも思っているし、また高いようにも見えるから、野心的な人々の間には、ほんものを攻撃して、意地悪い人々に喝采してもらおうという気が起こる。肯定者の方が多くの害毒を流したが、またきびしい否定者より有益でもあった。きびしい否定者が肯定者となったことがない場合には信用がおけないからである。

posted by 山科玲児 at 09:08| Comment(0) | 2015年日記

2015年05月31日

ジュリアン・グラックの再刊

Livres Julien Gracq.JPG


2007年に逝去したフランスの作家ジュリアン・グラック(1910 - 2007)の
陰鬱な美青年 単行本  – 2015/4/30
ジュリアン・グラック (著),    小佐井伸二 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/dp/4892571121
が再刊された。この本は40年ぐらい絶版で、古書価格もむやみに高い入手困難本だった。
もともと、学生時代から長い間、この作家:ジュリアン=グラックのファンでイメージのように原書も買いまくったものだが、この翻訳本は図書館で読むしかなかったものである。
そうはいっても、近年はそれほど読んでなくて、評価も往年よりは低めになっていたところに、昨年ぐらいから再刊 ラッシュである。

私がいっぺんにファンになったのは、大学生協で買った
  シルトの岸辺 (岩波文庫)
     http://www.amazon.co.jp/dp/4003751299
を読んだからである。
 当時は集英社がソフトカバーで出版していた。
また、大いなる自由(思潮社)という散文詩集を読んで「オランダ領フランドルの昼寝」を気に入った。
その後、
   アルゴールの城にて (岩波文庫)
   http://www.amazon.co.jp/dp/4003751280
を読んだがピンとこず、これは、難しそうな本なので私の理解力が足りないのか翻訳が悪いのだろうと思っていた。今、考えると、グラック先生の20代の気負った仰々しい作品で、ドイツ観念論哲学者「ヘーゲルの城」とでもいうべき作だったので、私に合わなかったのだ。

 そして、小佐井伸二 氏の翻訳で
この「陰鬱な美青年」を 図書館で読んだのだが、やはりシルトの岸辺 ほどは魅了されなかった。
その後、原書でチェックしてみたが、この序章の部分は散文詩風でとてもいいのだが、その後の中身がねーー、、仰々しすぎ。正直がっかりです。

 ポーズをつけるというか、格好をつけるというか、若い頃はやりがちなそういうところのある小説だが、
「シルトの岸辺」 以後はより叙述的 夢想的になり、エッセイなども多く、そういう臭みは少なくなって
いたようだ。ただ、当方も捨てはしないが本棚の奧にしまっておく本へとだんだんなっていった。

 そのうち、西新宿のフランス図書でジュリアン・グラック自身が自作を朗読するというカセットを買って
これは結構愛聴した。ただ、このカセット初めは思っていた声とかなり違ったので失望したが、そのうちなかなか味があることがわかった。カセットがこわれてしまったがCDに買い換えていまでも持っている。

 色々な意味で、若いときに読んでいたほうが良さそうな作家のような気もするが、最近、急に再刊されていて、一体これが何を意味するのだろうか? と気になるところである。



posted by 山科玲児 at 10:23| Comment(0) | 2015年日記

韓国のMERS感染15人

韓国のMERS感染15人


 現場はソウルの高級住宅地 江南(カンナム(ハンナム))の病院らしいです。

 死亡率40%の病気が、あっというまに病院中心に拡大する。なんかエボラが ナイジェリアの病院であっというまに拡大したときのことを思い出しました。

 ただ、死亡率については中東では40%ということだが、韓国の例ではまだ死亡者はいないようなので、たぶん 死亡率は低いが感染力は高いタイプの突然変異したウイルスではないかと思う。ただ、特効薬はない。対症療法しかないのが現状である。なお、サウジアラビアなどは産油国なので、病院の水準はそれなりに高いから、医療水準が低くて死亡率が高くなっているのではない。

 
 ナイジェリアは、比較的適切な対策を打ってなんとかなったみたいですが、韓国はどうでしょうか?

日本政府は、ビザ免除一時停止、日本人渡航禁止をするべきです。

個人としてやれるのは、
韓国へいかないこと、とくにソウルはダメ、仁川空港を利用しないこと、などがあげられます。
ソウルにいる在留邦人は、家族を釜山か日本に一時待避させたほうがいいでしょう。


posted by 山科玲児 at 06:55| Comment(2) | 2015年日記

2015年05月30日

平等院鳳凰堂 阿弥陀如来の蓮弁

定朝  阿弥陀如来像



15年ほど前の2000年ごろに、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像の台座の蓮弁の並び方が昔の写真と違うということを某サイトで書いたことがある。

>平等院図鑑(1946)をみていたら、台座の蓮弁が現在とまったくちがっているのに気がつきました。現在は蓮弁が縦に列をなしてならんでおり、ガイドのおばさんも、これは他にはない例だと解説しています。が、ここにあげた1946以前の写真では、一般の仏像と同じように互い違いに並んでいます。
>像の内部からでた月輪台座の蓮弁が列をなしているので、それにのっとって修理・変更したのではないでしょうか?
上に上げたイメージが古い写真(Source:: 平等院図鑑 1946)で、
今の阿弥陀如来像
http://www.byodoin.or.jp/assets/img/visit/b1-thum.png
はこれである。

最近
芸術新潮 2014/12月号(2014/11/25 発売)
【平成修理落成記念◎大特集】王朝のかがやき、ふたたび 平等院鳳凰堂
http://www.zassi.net/detail.cgi?gouno=39947

を読んだら、なんと、台座には両方の並べかたに対応する穴が当初から、あけてあったらしい。
「定朝の試行錯誤」と 解説の筆者は解釈しているのだが、本当なのかなあ?
かなり疑いたくなる話である。


posted by 山科玲児 at 09:35| Comment(0) | 2015年日記

2015年05月28日

ダニエル・バレンボイム氏、新方式のグランドピアノを発表



ダニエル・バレンボイム氏、新方式のグランドピアノを発表

この平行弦というのは、他の会社でも、やっていたような??

ただ、このAFPの動画は音質が悪すぎて、ちっともきれいに聞こえません。
下の英ガーディアンの動画の方が、まだよいようです。

とにかく、ピアノの構造そのものを考え直すのはいいことですね。これは近年初期ピアノ・フォルテピアノの再評価が進んできたことと関係があると思います。

でも、バレンボイム老には悪いけれど、こういうのより シュミット ピアノでのモーツアルトのほうがいいな
Schmidt Piano: Variations in F Major by Mozart, played by Michael Tsalka
https://www.youtube.com/watch?v=9nimvYyaUKY&index=3&list=PL8HAkqKX065AnBRqFrA_iGX3C5Lxrx2RK

 また、メトロポリタン美術館が所蔵する1720年製のクリストフォリピアノで、ドミニコ=スカルラッティの作品を演奏している動画があります。
   https://www.youtube.com/watch?v=A2WdjyKQ57A
  近年の研究によると、ドミニコ=スカルラッティが仕えたポルトガル王女バルバラはこのクリストフォリピアノを5台も宮殿に買っていたようですから、ドミニコ=スカルラッティの曲はこういうピアノフォルテ初期ピアノを前提として作曲されていることがわかりました。
  いままでの、「本来はチェンバロ用」とかいう解説は全部ウソだったんですね。
 The Piano: The Pianofortes of Bartolomeo Cristofori (1655?1731)
    http://www.metmuseum.org/toah/hd/cris/hd_cris.htm

  まあ、今のスタインウェイのグランドピアノとは、大きく違いますから、どちらかというとチェンバロの音のほうが、このクリストフォリピアノの音に近いかもしれませんが、ピアノ用はピアノ用です。グールドの演奏なんかが、かなり本来のものに近いものではないか?と思います。 案外、20世紀初期のピアノのような音の現代チェンバロ演奏もスカルラッティについては意味があるのかもしれないなあ。




posted by 山科玲児 at 07:37| Comment(0) | 2015年日記

2015年05月27日

ISILと文化財返還問題



<シリア>ISがパルミラ制圧 世界遺産破壊の恐れ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150521-00000019-mai-m_est
 アッシリアの遺跡 ニムルド破壊にも目を背けたくなるものを感じましたが、タリバン以後、こういう中世的な何世紀も前のような文化財破壊は、イスラム過激派の犯行だけですね。
西洋では、戦争による副次的な破壊は第二次世界大戦中にもありましたが、意図的なものでは、フランス革命・ナポレオン戦争時代以降はナチスでさえここまでやっていないのではないか?と思います。
 この憂鬱な野蛮行為を、ちょっと斜めからみてみます。タリバンのときも議論されたのですが、

「西欧帝国主義の人々が野蛮に支配されてしまった国から文化財を西欧へ移したのは良いことだった」

という思想がこの事実によってますます堅固なものなると思います。もう事実がこうなのですから、どう反論していいかわかりません。現地にあれば壊されて粉みじんになってしまうのですから、ロンドンにもってきたのは「偉大な文化財救出」ではないでしょうか。
 多少、修理に問題があったとしてもそれがなんでしょうか?ハンマーで破壊しましたか?といわれればだれが反論できるでしょうか?
 カブール博物館の略奪のときも、ギメ美術館にアフガニスタンの発掘物があって良かったという声が大きくあがったものです。

  従来は「文化財は現地で保存すべき」という現地主義がユネスコでも主流でしたし、返還のための組織や運動も多かったのですが、バーミアン、ニムルド パルミラの蛮行をみるとむしろ逆ではないか?と言わざるをえません。 Wikipediaに文化財返還問題
という項目 もありますし、パルテノン スキャンダルなど関連する本も多いのですが、今後、「人類全体としての文化財保護」という議論が強くなると思います。NHKなんかは、終始 現地主義でしたが手のひら返しをいつやるんでしょうね? たぶん前言ったことは皆無視し、知らんぷりをするんでしょうね。

 少し利己的に考えると、日本は基本的には文化財の集積地であり、1000年以上 外国から輸入した文化財を含めて伝世文化財を大切にしてきました。少なくとも大破壊を繰り返してきた大陸諸国とは雲泥の差があります。そのために国中が文化財だらけになり指定や保護の手が回らないという状況になっています。 結果的に文化財外交では、英国やフランスのような立ち位置にあることが多いわけで、こういう風潮は「野蛮な国家からの返還要求」に対して、むしろ有利に働くと思います。



posted by 山科玲児 at 07:48| Comment(1) | 2015年日記

2015年05月26日

ミヘール コクシー


 コクシーMichiel Coxie1499 – 1592というと、カール5世、フェリペ2世の腰巾着・宮廷画家で、忠実だが面白くない模写ばかりやっているつまらない画家という印象があります。

近年 ルーヴァンで特別展があって、思わぬ一面が発見されたようです。


なんというかな、パルミジャニーノそっくりなんですね。その上、衣装や大理石の床なんかはフランドル風の細密描写で、なんか変で凄い。 年齢はパルミジャニーノ(1503-40)より4歳年長でほぼ同時代ですが93歳という高齢で逝去しています。画家の生涯としては最長クラスですね。模写が得意な人だから模写して学んだのかもしれませんが、この大きな絵は本家イタリアを超えているような感じすらします。

Michel Coxie
聖アンの家族
CMがはいるのが難点ですが、、、
http://www.fansofflanders.be/Channels/Arts%20Flanders/17_January_2014/1301_Cocxie
いやあ、これは凄いです。
やはり16世紀というのは一番混沌としていてスーパースターが少なく、
里程標がたてにくいので、今後もいろいろな見直しが進むのではないかと思います。

この絵は
クレムミュンスター修道院
http://stift-kremsmuenster.net/
にあるのですが、このクレムミュンスター修道院は、ハプスブルグ一族の隠遁所みたいですね。修道院といっても巨大な都市 城塞 封建領主なのですから、日本で考える修道院とはイメージがそうとう違います。

石川美子「青のパティニール 最初の風景画家」(みすず書房)
http://www.amazon.co.jp/dp/4622078449
にも、ハプスブルグのレオポルドがパティニールの絵をクレムミュンスター修道院に寄進、のちにメトロポリタンに流出した話が書いてありましたので、なんか縁というか、優れた作品は大体同じ道で伝世することが多いのか?
と感じたものでした。


posted by 山科玲児 at 19:07| Comment(2) | 2015年日記

2015年05月25日

ファン・マンデルの列伝の翻訳がでたらしいが


カーレル・ファン・マンデル「北方画家列伝」注解
中央公論美術出版 (2014/04)
¥ 34,560 

高いなあー、、
これじゃ、ちょっと手がだせないね。
もっとも、英訳本も15000円ぐらい、少し安いのがフランス語訳で2冊9000円ぐらい。
スペイン語訳が1500円(安い、しかし読めねー)
こういう学術書が高いのはしょうがないとは思うのだが、注解が多すぎて巨大な本になっているということもある。
なんかさ、大学などにに属して公費で本が買える身分でないと学問はできないという感じ、が深くなるのが嫌な感じだなあ。。

もっとも、
 は、もともと岩波文庫で抄訳本があって面白いと思っていて、昔、英訳ラテン語訳などに手をだそうとしたこともあったぐらいの愛好本だったので高くても全部揃えた。まあ、ギリシャ語(原文)は全く読めないし、英語版も結構高いからな、ギリシャ語からの直接訳註がどれだけ貴重なものか解ってるから、なんとか買いました。このアテナイオスの例を考えると抄訳本を安く出して欲しいと思う。

posted by 山科玲児 at 09:52| Comment(3) | 2015年日記

2015年05月24日

玲児の中国絵画入門 19 四王呉ツ

玲児の中国絵画入門 19 四王呉ツ


をやっと書きました。この問題はむずかしーーなーー

なんか画像表示が重いかもしれない。。


タグ:中国絵画
posted by 山科玲児 at 21:32| Comment(0) | 2015年日記

石川美子「青のパティニール 最初の風景画家」(みすず書房)

青のパテニール.JPG


石川美子「青のパティニール 最初の風景画家」(みすず書房)
http://www.amazon.co.jp/dp/4622078449


図書館で借りて読みましたが、 かなりいい本ですね。
あら探し しても、なかなかみつかりません。
 三〇〇頁以上の大冊なんですから、アラがあって当たり前ですが、結構周到な満を持した本ですね。勿論 想像や空想も多いのですが、それはちゃんと「想像」「推測」「空想」とわかるように書いてありますから、間違えようがありません。
 しいて、一つだけあげると、203−205pで、「ベリー公のいとも豪華な時祷書」の細密画(図55)を1415年ごろとして、議論していますが、この絵は1483,4年ごろにジャン=コロンブが補った部分であり、70年も後なんで、時代の前後関係の議論がおかしくなっているところぐらいです。

おまけに、英語 フランス語などの文献で、私と同じものを読んでいるのが明らかです。
バレのパティニール本も愛蔵していますからねえ(イメージ)。

patenir  harminia mundi.JPG

これは、ひょっとしてタワリシチじゃないのかな?と親近感を覚えました。


 2005年に、プラドを訪ねたとき、「ステュクス川を渡るカロン」と「聖アントニウスの誘惑のある風景」には驚嘆しましたが、「エジプト逃避途上の休息のある風景」は大きいばかりでくすんでいて印象が悪く、「聖ヒエロニムスのいる風景」もそれほど感心しませんでした。これらは、その後たぶん、2007年のパティニール展に合わせてクリーニングされてかなり美しくなったので、私がみたときと印象が違うのではないか?と思っています。



Ambrosiana Lady HalfP1020860.JPG

また、女性半身像の画家の美しい作品を何点も欧州で観る機会があった(イメージ)ので、
この本で、 [パティニールの弟子のカレル アレルツでは?]
という著者の推測は刺激的ですね。そうすると、あの女性たちのモデルはパティニールの娘たちブリジットかアンナなのか?とか、空想したくなります。

posted by 山科玲児 at 09:27| Comment(0) | 2015年日記