2017年12月22日

ニュールンベルクのストーブ パルジファル 【追加あり】

nurnbergstove1882Parsival.jpg

ニュールンベルクのストーブ のことは打ち止めにしたはずなんだが、
ちょっと気がついたおかしなことがあって、再度、書く事にした。

オーガストがバイエルン王ルートヴィヒ2世の館にストーブに隠れたままま運び込まれたとき
「耳にした音楽は離れた部屋でワーグナーが奏でているパルジファルの主題だった」
と書いてある。

  実は、これは少しおかしいのだ。パルジファルの初演は1882年7月26日、バイロイトである。
   この ニュールンベルクのストーブが、BIMBIという児童小説集に収録されてロンドンで刊行されたのは同じ1882年である。そりゃ五ヶ月ほど余裕があるが、当時作者のウイーダはフィレンチェ住まいだったはず。
      7月26日以降に書き始めて完成し、ロンドンへ原稿を送って印刷されるまでを考えるとかなり厳しい。現代のように、原稿をファイル転送して即時に校正するという時代ではないのだ。航空便だってない時代である。八十日間世界一周(1873)の時代なのだ。 しかも、この本は9つの小説が収録された小説集で300P近くある。他の作品は書きためたものだったにしても、どうなんだろうか? また、こういう本はクリスマスプレゼント用をあてこんだ出版であった可能性があるから、12月出版でもいいかもしれないが、そういう出版なら新作ではなく安全パイをねらうのではないか? しかも9作中巻頭がニュールンベルクのストーブなんだから、万一  原稿が落ちたら、とりかえしがつかないだろう。
  また、この本は当時十三歳だったイタリアの王子 ヴィットーリオ エマヌエレに献呈されている。こういう公的なものがからむのだから、あまり綱渡りはやらないのではなかろうか?
   ひょっとしたら、初版は違っていて、後の版で加筆したのかと思ったが、1882年の版がカリフォルニア大バークリー校にあり、そのイメージを利用できた。上のイメージのように、明らかに パルジファルと書いてある。
  色々考えたが、原稿はとっくにできていて、雑誌や個人的に発表されていたんだが、イタリア王子に献呈する児童小説集を編纂するときに、手を入れて、当時上流社会で評判だったルートヴィヒ2世とワーグナーのパルジファルの事項を入れたのではなかろうか??

【追加】パルジファルの作曲自体がイタリアで行われ、完成はシチリアのパレルモでだったそうだ。そうすると、上流のサロンにも出入りしていたウィーダがフィレンチェなどでワグナーと会って、作曲中のパルジファルのメロディを聴いたという可能性もあるかもしれない。


posted by 山科玲児 at 08:02| Comment(0) | 2017年日記

2017年12月21日

ロシアのキノコ塩漬

ロシアの保存食.JPGキノコのロシア風塩漬.JPG

ロシアの保存食

で紹介されていた、キノコの塩漬け  作ってみました。

適当に作ってもけっこうおいしくできました。著者の荻野氏は、なかなかできる人ですね。他のロシア料理本もよかったと思います。

   荻野恭子(おぎの・きょうこ)
http://www.cook-ogino.jp

ロシアのキノコ塩漬は、ブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」にもでてくる、モスクワっこの好物みたいですから、昔から関心あったんですよね。
一度、ロシア産のものを食べてみようかな。

posted by 山科玲児 at 07:20| Comment(0) | 2017年日記

2017年12月20日

ロッビアのプレゼピオ:クリスマスの飾り物



  クリスマスネタです。
  クリスマスで聖誕のシーンを人形で表現した作り物を飾るというのがあります。
  イタリア語で、プレゼピオ Presepeというそうです。

  フィレンチェのサンマルコの教会に、デッラ ロッビア一族の作品で等身大の活人画というか蝋人形シーンみたいな彩釉陶器で作ったプレゼピオがあるようです。

 ジョヴァンニ デッラ ロッビアGiovanni della Robbia (Firenze 1469-1529)の作品だそうですが、なんか初めて知りました。ネットで覗うと、、gruppo della nativita とか書いてありますね。

  フラアンジェリコの壁画・板絵で有名な付属の修道院の美術館には行ったのですが、教会のほうにはいかなかったので、全く知りませんでした。 あるいは帰属には疑問があるのかもしれません。
  しかし、等身大というのは、相当大きいな。


   Wikimediaの紹介
categorySan Marco (Florence) - Giovanni della Robbia's Nativity scene - Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:San_Marco_(Florence)_-_Giovanni_della_Robbia%27s_Nativity_scene


posted by 山科玲児 at 08:39| Comment(0) | 2017年日記

ニュールンベルクのストーブ 花子とアン

フランダースの犬.jpg

新潮文庫 「フランダースの犬」
http://www.shinchosha.co.jp/book/205401/
の翻訳者は、
    連続テレビ小説 花子とアン 
       http://www4.nhk.or.jp/P2676/
の主人公  村岡花子氏なんです。

訳者  村岡花子氏 の解説(後書き)は、1958年(約60年前)なんですが、


あの学園の古い校舎で「ニュールンベルクのストーブ」を私に読ませたミス・ブラックモーアはすでに故人となられた。私の中に強く流れている英文学への愛情と研究心はブラックモーア女史によって培われたものである。女史の霊と母校のおもいでに、つつしんでこのささやかな訳業を捧げたい。

と述べられております。なんか、「ニュールンベルクのストーブ」のほうに関心が強いように感じさせる文章です。 「フランダースの犬」のことはほとんどでてこない「解説」でした。

連続テレビ小説 花子とアン では、このような文章はでてきたんでしょうか?「ニュールンベルクのストーブ」への言及はあったんでしょうかね。テレビは長年もっていないので未確認です。

村岡花子氏の母校は、
現在の
東洋英和女学院大学
http://www.toyoeiwa.ac.jp/
です。 ただ、もとは麻布にあった校舎は神奈川に移っているようです。

その東洋英和女学院大学のサイトで、
ブラックモア校長先生の「60センテンス」
http://www.toyoeiwa.ac.jp/chu-ko/news/news_life_140425_1730.html
というのもありました。

村岡花子 在学中の東洋英和女学院 には、いろんな写真もあります。


日本のドラマまで及びましたので、「ニュールンベルクのストーブ」の件は、これで一応、打ち止めにいたします。




posted by 山科玲児 at 05:06| Comment(0) | 2017年日記

2017年12月19日

ニュールンベルクのストーブ 挿絵と舞台


この小説ニュールンベルクのストーブは
新潮文庫 「フランダースの犬」
http://www.shinchosha.co.jp/book/205401/
に収録されております。

舞台は、まず
インスブルックの隣、5kmしか離れていない 岩塩杭の町:チロルのハル
https://en.wikipedia.org/wiki/Hall_in_Tirol
どうりで、インスブルックの話がでるはずですね。5KMじゃ、歩いてもいけます。

物語の冒頭は、、、寒い寒い冬の描写です。NHKにいわせれば地球温暖化だそうなのに、厳しい今年の寒さにふさわしいものですね。
 よい挿絵をみつけましたのでイメージにしてみました。 アラスカや南極などの寒さとは違って、温帯地域の風俗での寒さなので、共感しやすいものです。
     1916年刊行 Maria L. Kirk 挿絵, The Nurnberg Stove、Lippincott

 チロルのハルには、大規模な貨物鉄道操車場があったそうで、オーガストがもぐりこんだのはそこなんでしょうけれど、ここは第二次大戦中に、連合軍のひどい空爆を受けましたので往事のものはないでしょう。ただ、旧市街はよく保存されているそうです。

 次に、バイエルン王  ルートヴィヒ2世と対面するのがベルク城ということになっているのですが、
 ここは、夏の離宮だったので、どうなんですかね。
  湖があるという意味では、
ヘレンキームゼー城 - Wikipedia
になるか、
大きな池を湖と間違ったと仮定すれば、
と想像したくなりますが、ミュンヘンに近いという意味では、やはりベルク城になるんですかね。
このへん、ストーリーの都合でそういう少し無理な設定にしたということになっているようです。



続きを読む
posted by 山科玲児 at 17:43| Comment(0) | 2017年日記

ニュールンベルクのストーブ 西洋陶磁

西洋陶磁物語.JPG



 この小説ニュールンベルクのストーブは
新潮文庫 「フランダースの犬」
http://www.shinchosha.co.jp/book/205401/
に収録されておりますが、
  古い西洋陶磁器の話がかなりでてきます。そういう知識を前提にしているのか、著者が書くのを喜んでいるのかはわかりませんが日本人になじみのない名前が多いのは確かでしょう。

もっとも重要な  
オーガスチン・ヒルシュフォーゲル
https://en.wikipedia.org/wiki/Augustin_Hirschvogel
にしてからが、この小説を通じてしか名前を知らない状態ですから。

私が手許においている西洋陶磁の本は、イメージのものです。

前田正明, 西洋陶磁物語,,講談社 ,1980   

再度、繙いてみたら、ケンドラー、グッビオのジョルジョ・アンドレオリ、などは解説されておりました。

posted by 山科玲児 at 07:40| Comment(0) | 2017年日記

2017年12月18日

ニュールンベルクのストーブ その2 ストーブ

nurnberg stove3.jpg


2017年11月11日
ニュールンベルクのストーブ
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/181540154.html
に書いたように、このストーブ、日本の灯油ストーブや、昔使った 石炭だるまストーブとは違う巨大なものです。

ストーブというより、内部のレンガや土器部分に蓄熱して、それを二次的に長時間放射できるというものみたいです。

ロシアのペチカに近いものですね。イメージに欧米人がもつこのストーブのイメージをよく表した古書(1920年代?)の挿絵をあげてみます。

モンテーニュも旅日記に書いているそうですから、相当古くからあるものですね。この小説では、1532年の年号入りということになっています。これがチロルの古い家に伝わった由来としては、石工(建築業)の祖父が廃墟から掘り出したものという設定になっています。


タイルストーブが設置されているドイツのバイエルン:コーブルク城の中の広間「狩りの間」を
ヴァーチャルリアリティでで観る事ができますので、
もう一度紹介してみます。
http://www.kunstsammlungen-coburg.de/en/historische-raeume-jagdintarsienzimmer.php

もう少し庶民的なタイルストーブの解説がこちらにあります。これは米国のサイトです。
http://www.homethingspast.com/tiled-stoves/

Wkimediaで Tiled Stovesというカテゴリーがあり、
膨大な写真があるようです。

タイルストーブの場合、煙突がない/めだたないものが多いようですね。ペチカと同じく最初に大きく燃やして蓄熱し、あとは熾火でやるもののようで、日本でいうストーブのように継続的に燃やすものではないようです。

チロルストーブと称しているようです。あまり大きな物ではないのは、日本の家屋に配慮したものなんでしょうか。


posted by 山科玲児 at 07:17| Comment(0) | 2017年日記

2017年12月17日

ニュールンベルクのストーブ その1 ハープシコード

nurnberg stove0.jpg


新潮文庫 「フランダースの犬」
という本は、なかなか興味深いところが多いものなので、いくつかに分けてコメントしてみる。

まず、一緒に収録されている
「ニュールンベルクのストーブ」(1882以前)
という佳作を読むために手にとったのだが、

この作品にもまた、考えさせらるところが多い。
1916年ごろの挿絵本の好ましい表紙を紹介してみる(イメージ)

その、考えさせられる様々な点のなかでも、最も些末なところからあげてみる。

ハープシコード(=チェンバロ=クラブサン 下イメージ)が出てくるのだが、作者ウィーダ((1839-1908)
は一体何時、ハープシコードを見、その音を聴くことができたのだろうか?
 1790年ごろ、ハイドンはもはやハープシコードは廃れた楽器だと言っていた。1868年のパリ万博にハープシコードが出品されたあたりから徐々に古楽器の演奏がはじまったらしい。かなり現代的に改造された折衷的なハープシコードを使った人であったが、演奏家として名声を得た人はワンダ=ランドフスカで20世紀初期である。
1850年代ごろフランス人でハープシコードを弾いた人が一人いたそうだが、孤立した例だった。
1882年ごろでは、まだハープシコードが見捨てられていた時代なので、果たしてウィーダが実際に見て聴いたのか、それとも古い骨董品の例として概念的に出しているのか、疑いたくなるくらいである。

 日本では1970年ごろでさえ、バッハをハープシコードで弾く事は、学者的古物趣味的なもので芸術的態度ではないとさえいわれ排撃されたものである。



12回福岡古楽音楽祭あいれふホール クラブサン.JPG


posted by 山科玲児 at 14:09| Comment(0) | 2017年日記

運慶展

キムカラ童子P1050697.JPG興福寺法相六租 行賀P.JPG

  もう、終わった 運慶展ですが、結構混んでるという噂だったので、朝1で11月25日に行きました。
  実のところ、招待券相応のものをもっていたので、もったいないなあ、と思ったことと、運慶  願経がでてるそうなので、 跋尾の運慶の周囲の人の名前を読んでみたかったのです。女性の名前も多いし、貴族ではない当時の一般的な人の名前の興味深い証拠です。次郎丸とか赤王とか、なんか安寿と厨子王みたいな名前がでていて、とてもリアルですね。これは、 東洋美術特輯  日本美術史 第10冊、鎌倉美術上,1931, 奈良 で影印されていて、文字自体は知っているのですが、実物が本当にあるのか?どういうものなんのか?を確かめたかったのです。
影印をもとに Wikimediaにアップしたのがこれ、、
    運慶  願  法華経巻八 跋尾 寿永2年
      ACE1183
   https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lotus_Sutra_vol8_UNKEI.JPG
実物を観たら、想像以上に豪華な写経なのに、驚きました。紙は良質だし、罫線は金だし、写経の丈も高いものでした。
書風は、それほど優秀とはいえないものだったので、モノクロ影印では、なんか粗末な写経じゃないか??とみくびっていたんですね。


 それ以外では、東京での高野山展以来久しぶりに拝観したコンガラ童子(イメージ)、興福寺に行ったときは必ず観る法相六租像のひとつ「行賀」(イメージ)像が、やはり印象的でした。
「行賀」像については、八年前に、
ドスのきいた肖像  2009年10月29日 
https://plaza.rakuten.co.jp/yamashinareiji/diary/200910290001/
を書いておきました。

興福寺北円堂の世親 無着 像は、照明を工夫しないと汚れや剥落のほうが目立ってしまい本来の彫刻的良さが覆い隠されてしまいますので北円堂より美術館のほうが良いかもしれません。
 それでも「写真のほうが良かった」と言っていた観客もおりました。この二像については地味にくすんだ色であっても、本来の彩色に近く戻すほうが良いかもしれないと感じたところです。

Image Source:コンガラ童子  美術研究 昭和11年6月  第5年6号、著作権消滅済み
      「行賀」 洋美術特輯  日本美術史 第10冊、鎌倉美術上,1931、 著作権消滅済み

posted by 山科玲児 at 10:20| Comment(0) | 2017年日記

ヒエロニムス・ボスの紙筒

Bosch TUBE SOUVENIR PRADO.JPG


謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス
公式サイト
http://bosch-movie.com/
 が多少話題のようですが、ドキュメンタリーみたいだし、映画として面白いのかなあ、、という感じはあります。

 こういうのにちなんだものですが、 プラド美術館のグッヅを長崎県美術館で売ってましたので、
ポスターや額絵を保存するための紙筒を以前買いました(イメージ)。今売っているかは知りませんが
プラド美術館のグッヅやポスターを長崎県美術館 ミューゼアム ショップで売ってます。大きなものは
マドリードからもってくるのは大変なので、偶然好きな物があれば、長崎で買うのも良い
かもしれません

長崎県美術館 ミューゼアム ショップ
http://www.nagasaki-museum.jp/goods/
 プラド美術館のグッヅ



posted by 山科玲児 at 07:27| Comment(0) | 2017年日記