2024年02月09日

アルノルフィーニ夫妻像 補足訂正

Van_Eyck_-_Arnolfini_Portrait.jpg

山田五郎さんの最新の動画
【アルノルフィーニ夫妻像】2人は何をやっている?驚異の細密描写で1mmの中に描かれたもの!絵を読み解く面白いヒントやモチーフが 
https://youtu.be/wOWPd3a1JO4

山田五郎氏の動画に触発されて、いくらか補足・訂正させていただくことにした。

 そもそも、「アルノルフィニ」だとどうして、わかったのか?
  マルグリット・ドートリッシュの遺産目録に、古いフランス語で次の記載があるからである。
ung grand tableau qu on appelle  hernoul le fin,
avec sa femme  dedans une  chambre, qui fut donne a madame par don  diego, les arms  duquelle sont en la  couverte dudit  tableau. facit du paibctre johannes
粗っぽい拙訳「妻と部屋にいるアルノルフィニと呼ばれる大きな板絵、マダム(マルグリット・ドートリッシュ)にドン・ディエゴから寄贈、彼の紋章がカバーにある。ヤン制作の絵画」
 Ref1. Faggin

★ また、言いかけながら、時間の問題で省略されたらしいことを補足する。

動画の 21:43 :: 「富豪だが貴族ではない」という特徴::
 貴族なら必ずもっている紋章が描かれていない。ステンドグラスにさりげなくいれたりするものである。
 また、騎士団の徽章も身につけていない。有力市民の場合、騎士団の徽章はなくても、市の同心会などの象徴マークを身につけているものであるが、それも無い。

動画の 27:10 ::「ヘイ大佐はいろいろ言っているが、」
 その「いろいろ言っている」ことを補足する。

この【アルノルフィーニ夫妻像】を英国にもってきたのは、ジェームズ・ヘイ大佐という軍人。
1968年のナショナル・ギャラリーの初期ネーデルラント絵画カタログ(REF2)によると、、
「フランスの将軍(Beliiard将軍?)の手におちたといわれる」
「1851年にブラッセルでJames Hay少将が買った。」。

1909年ごろにでたかなり傷んだ薄い本(REF3)によると、

1815年、ウォータールーの戦いの傷を癒やすために住んでたブラッセルのアパートメントで、ヘイ少将が再発見した。少将はその時はまだ大佐であったが、この絵画をとても好んでいて、回復後に購入した。権威筋の話ではたった80ポンドで購入して、英国にもちかえって1842年まで所有していた。1842年に英国政府はナショナルギャラリーのために630ポンドで購入した。

ううん、なんか話がうますぎる気もしますけどねえ。ただ、ナポレオンの征服のときにフランスの将軍の手におちたという噂?もなんか納得だった。Hay大佐がそれをさらにいただいたというストーリーのような気もする。

★ たぶん誤りである部分の訂正

動画の 27:26::当時は破格の600ポンドという

 当時のナショナルギャラリーの歴史を細かく記述した雑誌記事
 APOLLO誌 1975年5月号
によると、当時、最も高価だった絵画は、首相ロバート・ピールが1824年に2725ギニー(ポンドより一割増しほど価値があるがだいたい同じ)で買った、
ルーベンスの「麦藁帽子」こと「シュザンヌ・フールマンの肖像」
https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/peter-paul-rubens-portrait-of-susanna-lunden-le-chapeau-de-paille
だったようだ。従って600ポンドというのは「破格」とはいえないだろう。ちなみに630ポンドのほうが正しいようだ。

★ 明らかな誤り
動画の 24:33 :: 当時ネーデルラントだから、スペイン領、

じつは、ネーデルラントの主な部分はブルゴーニュ公国の傘下だった。ヤンが生きている間にスペイン領になったことはない。そしてハーグを中心とする地域はドイツのバイエルン公領で、なんとバイエルン公はハーグに住んでいた。
この話はいかにも中世後期らしい話なので、特筆するに値する。
 実は現在のハーグを中心としたホランドと南のゼーラント、その南のエノー(モンスやカンブレの町があるところ)は南ドイツのバイエルン公領の飛び地だった。ヨハン三世はハーグの城が気に入ってミュンヘンには帰らずここに住んだ。ミュンヘンは放りっぱなしだったのだろうか??
  そして、若いころのヤンはこのヨハンに仕えていたのである。
ヤンの後半生は基本的にはブルゴーニュ公フィリップ ボンに仕えていた。ブリュージュもブラッセルも皆ブルゴーニュ公支配だったのである。


REF1  G.T.Faggin,Tout Oeuvre peint des  VAN EYK, Flammarion, Paris, 1969
REF2 M. Davies, National Gallery Catalogue, The Early Nederlandish School、3rd ed。1968

REF3  The National Gallery, One Hundred Plates in Colour (1909)
Hare, T. Leman (General Editor);
Paul G. Konody,  Maurice W. Brockwell,  F.W. Lippmann
London: T.C. & E.C. Jack, 16 Henrietta Street, W.C., and Edinburgh (1909).
REF4.   Till-Holger Borchert, Van Eyck (Basic Art Series) TASCHEN Books,2020
posted by 山科玲児 at 05:35| Comment(0) | 日記

2024年02月08日

トロイの木馬とモンス・デシデリオ

Troy stockholm.JPG

トロイの木馬を描いた絵画の中で、なかなか佳作だと思うのが、モンス・デジデリオことフランソワ・ノーメの作品の一部である。これはモンス・デジデリオ作品としては大きいほうで横幅が1.8メートルもある。その中央下部に描いてある。
ストックホルム国立博物館にある。下記サイトで拡大して鑑賞できる。
The Burning of Troy with the Flight of Aeneas and Anchises
https://collection.nationalmuseum.se/eMP/eMuseumPlus?service=ExternalInterface&module=collection&objectId=23878

最近購入したメスでの展覧会図録に写真図版があって、そのほうがストックホルム国立博物館サイトイメージより、よくわかる部分もあるので、上記イメージをつくってみた。


posted by 山科玲児 at 05:38| Comment(0) | 日記

小型印譜

あるネット記事で最小の印譜として、
乾隆期の 汪啓淑の錦嚢印林
錦嚢印林 四卷  C汪啓淑輯 ツ本  (京大人文研    東方學デジタル圖書館)
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db-machine/toho/html/C025menu.html

をあげてあったが、あれ?
これより小さな印譜っていくらでもあるんじゃね?
と思った。

ただ、横田実氏の「中国印譜解題」によると、「中国印譜中の最小形」なんだそうで、紙をどう折って使うかという問題もあり、一般的判型としては最小の部類のようである。
 ただ、これと同じ大きさ、または、これより小さな印譜をみた記憶がある。どうも日本で制作されたもののようだ。
 もともとこういう小型の印譜は煎茶趣味の文房飾りに使うための遊戯的なものである。そのため印譜としての内容はたいしたことがないものが多い。成語ことわざ印を集めたものとか、詩文の名句を印に彫ったものとかが多い。

タグ:印譜
posted by 山科玲児 at 05:13| Comment(0) | 日記

2024年02月07日

高い古書

Abebooksから営業メールがきたが、
だそうだ、

これは、既に売れた本の記録なんだろう。
ハリーポッターと賢者の石 初版
なんてのも結構高い値段つけてんだね。
当方は、もっと地味な本にしか関心がない。今は読まれなくなったフランソワーズ・サガンの劇作とかね。

posted by 山科玲児 at 19:27| Comment(0) | 日記

九州国立博物館のエントランス


九州国立博物館SN3G0374.JPG
太宰府の九州国立博物館は入り口から展示会場のある建物までがかなり長い。
熱海のMOA美術館を手本にした設計なのか、入り口から長いエスカレーターがあって(写真 当方撮影)、更に動く歩道がエンエンと続いている。熱海MOAほど長くはないと思うが、ここで時間をとられるので、ギリギリで会場に飛び込もうとするときは、大誤算になる可能性がある。
 どうしても急ぐときは、太宰府駅のタクシー乗り場でタクシーをつかまえて、参道とは別の道をまわり、建物の裏側にのりつけると良いと思う。
   熱海MOAでも、この玄関からの時間に苛立ったことがあるが、まあ、あそこは温泉地だから、もともとゆっくり観に来るところであり、私のように新幹線で焦ってのりつけて、日帰りで美術館だけみるなんていう無粋な客は想定してないのだろう。

posted by 山科玲児 at 05:48| Comment(0) | 日記