2017年12月03日

動くカナレット



オークション会社;サザビーズの広告なんですが、

  販売するヴェネチア  カナレット派の絵画をアニメにしたものを作ったようで、これがなかなか楽しいものです。
A Grand Tour of Bellotto and Canaletto’s Venice
https://www.youtube.com/watch?v=XjZISteGlss

  カナレットの甥のベロットの絵とカナレットの絵を動かすというものです。
マドリードのティッセンにはカナレット風の絵がかなり展示されていましたが、かなりが別人の作品とされていたので、驚いた経験がありますので、世の中に多数ある、特に英国に多いカナレット作品は、カナレット派の作品が多いのではないか?と疑っています。

この動画
mixi で教えてもらいました。

    これって、どこかで観た発想だなあ、、と思ってたら、昔からやっていたのは、台北の國立故宮博物院で、清院本清明上河図とか文徴明の絵とかをうごかしてました。今は十二月令図を動かしているようです。



posted by 山科玲児 at 12:13| Comment(0) | 日記

伎楽面の公開


伎楽面 ガルーダ.JPG伎楽面 酔胡従.JPG

にいったとき、伎楽面(イメージ)の公開ルールが変わったことを知りました。

今は、一年中、金・土に限って公開することにしたそうです。
エアコンが完備してるからかな。

7世紀に遡る結構大きな木の彫刻がこんなに気軽に鑑賞できることは、有り難いことですね。

イメージソース:: 美術選集、美術選集刊行会、光村美術出版蔵版、昭和2−4年::写真著作権消滅済み


posted by 山科玲児 at 08:22| Comment(0) | 日記

2017年12月02日

インドの神殿舞踏

 有線放送で、ときにはインド古典音楽を聴くことがある。パーカッションがあるのものはいうまでもないが、そうでないものでも、やはり、舞踏を前提にした曲なんだろうなあ、と思うことが多い。日本の雅楽と同じで序破急でだんだん速くなっていく曲が普通なんだが、中盤以降では手や指を動かしたくなるような調子の良さがある。

 インドの大衆映画のフィナーレでは、登場人物が全部でて踊り出すというのが定番だそうだが、やはり舞踏をアトリビュートにしているシヴァ神の民なんだろうなあ、、と感じている。

  で、昔、動画でみた、神殿の中でシヴァ神に捧げる舞 を観たいと思ったが、どうも検索できなかった。

 それとは、ちょっと違うが、オリッサ派の舞踏で、神殿の前で演じられた、ヴィシュヌ神の十の化身を表現する神殿舞踏の動画があったので、紹介しておく。

Jai Jagdish Hare -Odissi Dashavatar by Bithika Mistry from Geet Govind of Jaidev

  やはり、多様なムドラーを駆使していて、舞踏と仏像の手印にはなんらかの関係があるのだろうなあ、、と感じた。


posted by 山科玲児 at 09:59| Comment(0) | 日記

御譲位は歴史的伝統

今上天皇陛下の御譲位について、

「天皇陛下は崩御されるまで天皇であるというのが、日本の歴史だ」
というおそろいくらい無知蒙昧な意見が識者??にあるということを、もれきいて驚いた。

 これほど歴史に無知な人間が「識者」面しているとはなさけない。あるいは無知な政治家の発言だったのだろうか。

  まず、南北朝の混乱が終わった第100代 後小松天皇以降今上天皇陛下までの二十六人のうち、十三人が生前に御譲位あそばされている。半数であり、御譲位のほうがむしろ伝統である。江戸幕府の意向などが強い時代を含むからという異論もあるだろう。

 それなら皇室の力が比較的強く、皇室内で権力争いをしていた、飛鳥奈良平安前期:推古天皇から宇多天皇までみてみよう、、二十五人(齋明皇極女帝と孝謙称コ女帝は同一人だから)中、十三人が御譲位あそばされている、半数以上が御譲位を実行されている。

つまり、「譲位こそが伝統」である。

 西欧の王室の伝統を明治期に無批判にとりいれたために「崩御するまで天皇で在り続ける」という固定観念になってしまったのではないか。皇室にも日本の伝統をとりもどさなければならない。

 平安時代の物語など読むと、譲位など日常茶飯、数年で譲位するのが当たり前、という感じである。
まあ、これはちょっとやりすぎの感はあるが、、

posted by 山科玲児 at 07:03| Comment(0) | 日記

2017年12月01日

画家の盛期と老年





六本木の泉屋博古館 分館(東京)
https://www.sen-oku.or.jp/tokyo/program/index.html
  今回、でた徐の花卉雑画図巻が2巻き並んでいた。東京国立博物館所蔵のものと泉屋博古館所蔵のものだ。 部分の開陳だったから全貌というわけにはいかなかったが、比較できるということでは一生の間に何度もない機会だった。。

  晩年窮迫の時代の作品と最盛期の作品ではやはりかなり違うものだと思う。泉屋博古館所蔵の方の、七十歳の晩年作品にはなんとなく、貧しさ荒れた余裕のない感じが漂っていて持病があるのかとさえ感じさせる悽愴な気分が絵から漂ってくる。
  一方、東京国立博物館の 五十四歳の最盛期の作品(イメージ)はおおらかで自信にあふれたもので、実際 徐自身の跋で「タルキのような大巻に」といっているような長い巻子であり、大作傑作である。

    東京国立博物館の作品は、戦前、相当高価なものだったらしい。1909年春に上海に売りにでたとき、相当な収集家の陶實 1877- 1951 が「値段が高すぎて買えなかった」と、写真だけを得て作った影印本の跋に書いているからだ(イメージ)。 この陶氏は、出版界にいた実業家だったようで、かなりの収集家であるが、たまたま懐が寒かったのだろうか。あるいはまだ32,3才だったから資金がそれほどなかったのかもしれない。


posted by 山科玲児 at 04:38| Comment(0) | 日記